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万華鏡
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 「あの……」
 彼はまっすぐに私を見つめた。
 彼の澄んだ茶色い瞳と目があった途端、私の胸は早鐘のように鳴り出した。その鼓動の大きさに自分でも驚いてしまう。
 「おはようございます」
 彼は礼儀正しく挨拶してきた。それなのに私は気が動転してしまって、会釈することすら出来なかった。我ながら何てぶしつけな態度だろう。
 けれど、その時の私には、そんなことを気にする余裕などなかったのだ。予想もしなかった事態に、ただただ驚き焦り、彼にどんな顔を向けたらいいのかさえ分からなかった。
 そんな私の様子にかすかに苦笑しながら、彼は手に持っていたものをゆっくりと私に差し出した。
 「え?」
 それは、綺麗な桜色をした一通の手紙だった。
 私は呆然としたまま彼と手紙を見比べていた。
 ……いったいどういうことだろう?

 ぼんやりと彼を見つめたまま何の反応もない私に業を煮やしたのか、両脇にいた友達がかわるがわる私をつついて来た。
 「ほら。ぼやっとしてないで」
 「さっさと受け取りなさいよ」
 その声に促されるようにして、私はおずおずと手を伸ばし、やっとの思いでその手紙を受け取った。
 「ありがとう」
 彼はそう言ってさっと頭を下げると、早足で坂道を下りて行ってしまった。
 キャーキャー騒ぐ友達の黄色い声を耳の隅に捉えながら、私は慌ててうしろを振り返った。
 薄桃色の桜吹雪の向こうに、濃紺の学生服が鮮やかに見え隠れしていた。

 「ねえねえ、開けてみなさいよ」
 「え、ええ」
 私は震える手で封を開け、きっちりと折りたたまれた桜色の便箋を中から取り出した。
 そこには瑠璃色のインクでこう書かれていた。

『いつも桜並木の向こうからあなたを見ています。
 僕は、あなたが好きです』
 


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