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万華鏡
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 書棚の整理をしていると、ふいに本の間からひらひらとこぼれたものがあった。
 何かしらと思いながら、床に落ちたものを拾い上げる。
 色褪せた桜色の封筒。どうやら古い手紙らしい。
 「あら、これ……」
 封筒に書かれている少し角ばった生真面目そうな文字を見た途端、私の口元に思わず笑みが浮かんでしまう。
 私がまだ今よりうんと若い頃――そう。あれは女学校に通っていた頃のことだった――、ある青年から受け取った一通のラブレター。
 「懐かしい。こんな所に入っていたのね」
 私は、封筒の中から丁寧に手紙を取り出し、少しドキドキしながらその手紙を開けた。
 数十年ぶりに読む手紙には、初々しくも情熱的な言葉が書かれていた。



 当時私が通っていた女学校は坂の上にあり、そこへ続く坂道には両脇に桜の木が植えてあった。春になるとあたり一面が桜の花色に染まり、それはそれは見事なものだった。
 その通学途中、いつも道の反対側を歩く男子学生がいた。
 詰襟の制服をきちんと着こなした清潔感のある青年だった。
 桜並木を挟んで、こちら側とあちら側。一度も話すことはなかったが、毎朝すれ違う彼のことを、私と二人の友達はかなり意識していた。今と違って、私たちの学生時代には、肉親以外の異性と気軽に接することなど殆どなかったから。それとも、私たちが特別奥手だったのだろうか。
 とにかく、毎朝その桜並木を通るたびに、「そろそろ彼が来るんじゃないか」とか「今日もきっかり同じ時間にやって来た」とか、何とも他愛のないことを友達と喋っては喜んでいた。

 そんなことが一年くらい続いただろうか。
 季節は春真っ盛り。舞い散る花びらに見惚れながら、いつものように友達と三人で坂道を上っていくと、その坂の途中になんと彼が立っていたのだ。
 私はとても驚いた。いや、驚いたのは私だけじゃない。 
 だってそうでしょう。今までずっと桜並木の向こうにしか見たことのなかった彼が、私たちの間にあった無言の境界線を乗り越え、いきなり目の前に現れたのだもの。
 私と二人の友達は、彼より数メートル手前で足を止めた。
 彼はそんな私たちをじっと見つめていたが、やがて思い切ったように近付いてきた。


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あきゅろす。
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