万華鏡
F
そこで彼ははっと息を呑んだ。
季節外れの柳絮の舞い。あれはこういうことだったのか――。
彼の脳裏に、柳の木の下で出会った人物のしなやかな容姿と艶やかな笑顔が蘇る。
「もしかしたら……」
「え?」
彼が低く呟いた言葉は、雪枝の耳までは届かなかった。
「何ですか、先生?」
心配そうに問うてくる雪枝に、彼はただ黙って、手に持ったままだった柳絮をそっと握り締めた。
綿毛の感触が、手のひらを柔らかくくすぐる。
(いつか、この種を生まれ故郷に還してやりたい)
彼は心からそう思った。
そんな彼の手の中で、柳絮が軽やかに笑った。
《終わり》
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