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万華鏡
D
 結局、彼は郵便局へ行くのをやめ、そのまま家へと戻って行った。
 手ぶらで帰ってきた彼を見て、通いのお手伝いをやってくれている山村雪枝(やまむらゆきえ)は、呆れたように言った。
 「あら、どうしたんですか、先生?郵便局へ行って来たんじゃなかったんですか?」
 「ああ、うん。切手を買いに行ったんだけど、手紙を出すのはやめようと思って」
 彼が言うと、とたんに雪枝の顔つきが険しくなった。
 「先生ったら何でしょうね。そんな薄情な人だと思いませんでしたよ」
 「え?」
 「こんな所で好き勝手やっているんですから、せめて手紙くらい出してあげたらいいじゃないですか。許婚の方、寂しく思われますよ」
 「あ、いや、そうじゃなくてね……」
 どうやらあらぬ誤解を招いてしまったようだ。
 雪枝は、会ったこともない彼の許婚に、すっかり肩入れしてしまったらしい。女というものは、何とも不思議な生き物である。

 「今回は手紙じゃなくて、直接会いに行こうと思うんです。楓さんに、まだ新年の挨拶もしていませんし」
 彼がそう言った途端、雪枝の眉間に寄っていた皺がぱっと消えてなくなる。
 「あらあら、そうなんですか。それじゃあ、近いうちにお出かけになりますね」
 「そのつもりです」
 「楓さんとやら、きっと喜びますよ、先生」
 先程までの不機嫌など嘘のように、にこにこと笑う雪枝の顔を見ながら、彼は内心ため息を吐く。
 雪枝は、そんなことなどまるでおかまいなしに、満足そうに彼を見つめた。

 「そう言えば、ちょっと聞きたいんですが」
 「何ですか?」
 彼の質問に、雪枝は縁側に干した洗濯物を取り込みながら答える。
 「この近所に、どなたか中国の出身の方はいませんか?」
 「さあ?聞いたことないですけど」
 物干し竿から器用に洗濯物を外しながら、雪枝は不思議そうに首を傾げる。

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