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万華鏡
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■柳 絮■



 新しい年が明けて間もないある日、彼は買い忘れていた切手を買いに、川向こうの郵便局まで足を伸ばすことにした。
 「うう、寒い」
 玄関を出た途端つい口を出た言葉が、冬の寒気をなおさら厳しく感じさせる。それでも懲りずに「寒い、寒い」と小さく繰り返しながら、首に巻いた襟巻きを、彼は両手でぎゅっと引き寄せた。
 冷たく吹きつける風に首を竦ませながら、だいぶ離れた先にある橋へと視線を向ける。いつもより距離があるように感じられるのは気のせいだろうか。
 「そういや、こんな寒い日は白妙(しろたえ)や清吉(せいきち)たちはどうしているんだろう?ちゃんと暖かくしているんだろうか?」
 すっかり顔馴染みになった猫又と化け狐の心配などをのんびりとする。
 こういう人の好いところが彼の長所でありまた欠点でもあり、ついでに彼が世間から『変わり者』と呼ばれるゆえんでもあるのだが、当の本人はまったくそのことに気がついていない。

 川沿いにてくてく歩きながら、冷たくきらめく川の水面や表面の白く凍った枯れ草の様子を眺めてみる。ほかの季節に比べればたしかに物寂しい景色には違いないだろうが、これはこれで情緒があるように思える。
 むしろ彼はこの冬の静寂が好きだった。
 特に自然豊かなこの土地では、季節の移り変わりははっきりと目に見える形でやってくる。東京の街中で生まれ育った彼にとって、その変化はどこか劇的で感動的でさえあった。
 「まるで別空間だな」
 あの街とこことでは、それだけ遠く離れているということだろうか。
 そんなことを考えて、彼はかの地に残してきた人のことを思い出した。

 実を言えば、彼には許婚がいる。
 もともと親同士が決めた縁だが、彼も許婚の女性も親の言いつけだからといって何でも従順に受け入れる性質ではなく、お互いに惹かれあう部分があったからこそ今の関係を築くに至ったのである。

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