万華鏡
A
だから、彼女の家柄と引き換えに、父の借金をすべて肩代わりしてくれるという申し出を受け入れざるをえなかったのだ。それは彼女たちにとってまさに救いの神だった。時代錯誤だろうが何だろうが、今の彼女たちにはほかにすがるものなどない。
(それに……)
自分たちのためだけじゃない。祖父母や親戚、父の会社で働く多くの人たち、それから青年の絵の勉強のためにも。
「お前さえ『うん』と言ってくれれば、今までどおり彼のことも援助しよう。海外に留学する費用だって出してやれる」
そう父は約束した。彼女はそれを信じた。
自分ひとりが我慢すれば、たくさんの人たちを助けることが出来るのだと、無力な少女は思っていた。何より大好きな人の大好きなものを守ることが出来るから。少女はそう思って決心したのだ。
けれどそれを、どうして青年に言えるだろう。
この子供みたいに純粋で駆け引きなど考えもしないこの人に。
「私――」
少女はゆっくりと口を開く。
まっすぐに青年を見つめて。
どうか自分の嘘がばれませんように、と祈りを込めながら。
「何もかも捨ててあなたについていくなんて、そんなの私には無理だわ」
「君は、俺たちの夢よりお金を取るのか?」
少女に問いかける青年に、少女の顔が悲しそうに歪んだ。
本当のことが言えたらどんなに楽だろう。彼と一緒に夢を追いかけることが出来たらどんなに幸せだろう。
今、目の前の彼を安心させることが出来たら――笑わせることが出来たら、どんなにかいいだろう。
けれど、少女はきっぱり首を振る。
「いいえ。それはあなたの夢。私の夢は別にあるの」
「――」
彼の目が大きく見開かれる。それを見ないようにしながら、心を鬼にして言葉を続ける。
「私は、あなたの夢に自分の未来を賭けることは出来ない。そんな勇気、私にはないわ」
『ごめんなさい』
そう言って頭を下げた少女を、青年はひどく傷ついたような表情で見下ろした。そして、もうそれ以上何も言わず、その場から立ち去ってしまった。
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