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万華鏡
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■優しい嘘■



 海に沈む太陽の光が辺りを淡い朱色に染める。
 この景色はいつ見ても変わらない。この窓から眺める、この景色は。

 ――あの日と何ひとつ変わらない。

 深いため息を吐きながら、彼女は壁にかけられた一枚の絵を見上げる。
 絵の中の場所は、今彼女が立つ場所と同じ。その絵の中にいるのは、海に面した大きな窓に寄りかかり、朱に染まる水平線を見つめる一人の少女。その顔は薔薇色に染まり、大きな瞳はきらきらと輝いている。
 そこに描かれているのは『希望』。少女はまるでその象徴のようだった。
 この絵を見た者は誰もが、作者のこの少女へのやさしい眼差しに気付くだろう。
 事実、画家の、モデルとなった少女へ向ける瞳は、いつもおだやかで優しかった。まるでこの海のように。

 その眼差しを、今でも確かに憶えている。
 その声も仕草も、何もかも。今でもはっきりと憶えている。
 目を閉じれば浮かんでくるのは、何ひとつ変わることのない優しい面影。そして、海。今目の前に広がるものと寸分違わない穏やかな景色。

 そう。あの日も、海はとても静かで穏やかだった。
 その穏やかさにそぐわない二人の会話がとても悲しくなるくらいに。

 「何度言ったら分かるの?私はあなたと一緒には行けないわ」
 「どうして?」
 青年のまっすぐな瞳が、少女を容赦なく問い詰める。
 「どうして?そんなこと分かってるでしょう?」
 「分からないよ。だから訊いているんじゃないか」
 およそ誤魔化すとか曖昧さを許さない、そんな青年のまっすぐさが少女はとても好きだった。けれど今は、そのまっすぐさが少女をひどく苦しめた。

 「家のために好きでもない奴と結婚するなんて、いったいいつの時代の話だよ。今時そんなの馬鹿げてる」
 吐き捨てるように言う青年に、少女は何も返す言葉がない。
 本当に馬鹿げていると、確かに少女もそう思う。
 けれどその馬鹿げた話を受け入れなければならないほど、彼女の家は切羽詰っていた。見かけの裕福さはただのまやかしに過ぎず、本当はその日食べるものにさえ困るくらいに。


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