万華鏡 C 「先日は大変お世話になりました」 向かい合ってそう頭を下げる女性に、彼は戸惑ったように頭を掻く。 「え?僕、何かしましたか?」 やはりどうにも覚えがない。目の前の女性の顔にもまったく見覚えがないのだった。 すると、女性は艶のある微笑を浮かべ、彼に風呂敷包みを差し出した。 「これをお返しに上がったんですわ」 促されるように風呂敷包みを開けると、中から数本の傘が出てきた。 それでやっと思い当たる。 「ああ、あの時の」 「はい」 にっこりとほほ笑まれるのだが、それにしても今ひとつ合点がいかない。 「おかしいな。どうしてあなたがこの傘を持っているのです?これらは、近所の野良猫にくれてやったものですよ」 「存じています」 頷く女性を見つめながら、彼は先日見かけた猫のことを思い出していた。 あれはそう、三、四日ほど前のことだったろうか。 ラジオが大雨の予報を告げて、珍しく彼が駅前に出かけた日のことだった。 数件の用を足して帰る道すがら、ふと長いこと空き家になっている家が目に入った。 「家というのは、住む人が居ないとあっと言う間に荒れ果てるものだなぁ」 そんな独り言を言いながら、好奇心で家の中を覗いたのである。 すると、 「ミャアァー」 家の奥のほうから猫の鳴き声がした。 一匹ではない。数匹ほどの仔猫の鳴き声。 「もう春仔が生まれる季節か…」 実は彼は無類の猫好きである。愛らしい仔猫の姿を一目見たくて、音を立てないよう用心しながら家の中に上がっていった。 案の定、以前は台所であったらしい場所に、まだ目の開かないほど小さな仔猫たちが固まっていた。 母猫の姿はない。どこかへ餌でも探しに行っているのだろうか。 [前へ][次へ] [戻る] |