万華鏡
夏祭りB
僕はその白い色を見つめながら、長い間言えなかった言葉を弟に言う。
「ごめんな」
一瞬、弟が受話器の向こうで息を呑むのが分かった。
しばらくの沈黙の後、弟はこんなことを言い出した。
「あの時、兄さんが僕の出目金を横取りしたんだ」
「え?」
いきなり何を言い出すのか。僕は受話器を握ったまま目を丸くした。
「夏祭りの金魚すくい。僕が母さんにとってあげると約束した黒い出目金を、兄さんが意地悪して横取りしたんだ」
「……」
「でも、もういい。分かった。許す」
弟はそれだけ言った。それから、
「で、いつ頃こっちに帰ってこれそうだい?」
先ほどより少し明るい声で、そんなことを訊いてくる。
僕は言葉に詰まった。
僕は今年もここで一人で夏を過ごすつもりだったのだ。帰郷の予定なんてあるわけない。
だが、ぐるぐる回る思考に反して、僕の口は滑らかに答えていた。
「そうだな。夏祭りの前には」
そんな僕を見て、庭の夕顔がかすかに笑った。
《終わり》
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