万華鏡
夏祭りA
母は、そんな僕と弟をいったいどう思っていたんだろう。
一度だけ、僕と弟がひどい喧嘩をしたことがあった。
あれは確か夏祭りの縁日でのことだ。
金魚すくいをしていた僕と弟は、つまらないことで言い合いになった。その内容は覚えていないが、とにかくくだらないことだったのだ。
だが珍しく弟は譲らなかった。
僕たちはさんざん悪口を言い合った後、父に怒鳴られ拳骨をくらい、二人して泣きながら家に帰った。
そんな僕たちを見て、母はただ困ったように笑っていた。
その後、僕たちは夏休み中口をきかなかった。
子供部屋で一緒に勉強をしていても、居間で並んでテレビを見ていても、庭で花火をしていても、僕たちは頑としてお互いの存在を無視し続けた。
「二人ともいい加減にしなさい」
心底呆れ果てたようにそう言った母。
けれど、どこか嬉しそうに見えたのは僕の気のせいだったろうか。
今となってはそれを母に尋ねる術(すべ)はない。
僕たちの母はとうに他界している。
「そう言えば、もうすぐ夏祭りだな……」
そんなことを思い出す。
弟と喧嘩して泣いた夏祭り。母と一緒に行った最後の夏祭り。
あの夏祭りが行われるのは、ちょうどこの白い夕顔の花が咲く時季だったと記憶している。
僕はおもむろに受話器を取った。
呼び出し音が数回鳴った後、僕とよく似た声が愛想なく電話に出る。
「はい」
「久しぶりだな」
「そうだね」
「元気か?」
「ああ。兄さんは?」
「元気だ」
そんなどうでもいい会話が続く。
「そっちはどうだ?変わりないか?」
「うん。みんな元気だよ。今は夏祭りの準備で忙しい」
「いつだっけ?」
「来週の終わり」
「そっか……」
所在無くうろうろと視線をさまよわせると、夕顔の花が風に揺れているのが見えた。宵闇の中でかすかに光を放つような純白。
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