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万華鏡
夏祭り@
 
■夏祭り■




 さわさわと夜を渡る風に、僕は規則正しく走らせていたペン先を止めた。
 そのまま誘われるように視線を庭へ向けると、薄闇の中にぼんやりと浮かぶ白い影があった。大きな夕顔の花だ。
 「もうそんな季節なのか……」
 いつのまにか――。
 そう、本当にいつのまにか。季節はあっと言う間に駆け足で過ぎ去って行く。

 僕は指先で眉間を軽く揉んでから、しかめ面をその白い花へ向けた。
 そして唐突に、昔よく母が実家の庭にこの花を植えていたことを思い出す。白い花びらの色と、それに負けないくらい白い母の腕。
 夏のうだるような暑さの中で、不思議とその空間だけはひんやりとした空気が漂っていた。

 「今年も、また帰れそうにないな」
 ぽつり、言い訳のように呟く。
 盆暮れ正月くらいは郷里へ戻るものだと言うが、僕はもう何年ふるさとの土を踏んでいないだろう。
 最初の頃はやかましく文句を言ってきた父も、最近ではすっかり諦めたらしく電話すら寄越さない。もう僕に期待することはやめたのだろうか。

 ――いっそそのほうがいい。
 そんな風に思ってしまう僕は、ずいぶんと薄情な息子なのだろう。
 実家のことも、年老いた父のことも、先祖代々の墓守りも……。それらすべてを弟にまかせ、自分はひとり離れた土地で勝手気ままに暮らしている。
 生家には年に数回の便りとごくたまに菓子や果物などを送る程度だ。

 弟は文句一つ言わない。
 昔からそういう奴だった。
 妙に聞きわけと要領がよくて、一見大人しいくせにその実とても我が強くて、何を考えているのか分からない。
 次男というのは概ねそんなものなのだろうか。それともやはりあいつが変わっているのだろうか。

 けれど不思議なくらい僕たちは兄弟喧嘩というのを殆どしたことがなかった。
 特別仲が良いわけでも悪いわけでもなく、僕と弟はあまりにも性分が違いすぎるのだ。だから、馴れ合うことがないかわりに余計な衝突も起こらない。
 「兄さんの好きにしたらいいよ」
 それが弟の口癖だった。

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