万華鏡
予感@
■予 感■
窓の外に広がる海をぼんやりと見つめていた。
テーブルの上に置かれたソーダ水の中を、水玉色の時間がゆっくり流れていく。
ふと顔を上げて、向かい側に座る人の横顔をこっそり眺める。
すっと伸びた細い鼻と眼鏡の奥にある切れ長の瞳。その静かな横顔に、思わず『綺麗』という言葉が浮かぶ。
こんなこと男の人に言ったら怒られるだろうか。
「どうしたの?」
突然声をかけられて、思わずはっと背筋が伸びる。
顔を海のほうへ向けたまま、視線だけこちらへ動かしてくすりと笑った。
「ぼんやりして。どうしたの?」
一言一言はっきりと発音する話し方。
そのすべてが好ましいと思えるのは、気のせいなんかじゃないんだろう。
「ううん……」
笑顔で首を振ったものの後が続かない。
緊張しているわけじゃない。照れているわけでもない。ただ、この静かに流れる時間を壊したくないから。
あなたと私の間に横たわっている、静かで、透明で、時折きらきらと光る時間の帯。それを崩したくないの。
そう言ったら、きっと笑われるに違いない。我ながら何ともロマンチックな少女趣味。
らしくない、そんな台詞。
「ううん」
私はもう一度首を振る。
あなたはそれ以上何も訊かない。また黙って海を見つめる。
外では、夏の日差しを受けて、海が見事な青色のグラデーションを作っている。あのずっと遠くに小さく見えるのは、外国へ行く大型船の影だろう。ゆらゆらと陽炎のように揺らいで遠ざかっていく。
ソーダ水の中の氷が溶けて、カランと小さな音を立てる。それにもあなたは気づかない。
ただ、海を見ている。
つまらない女の子だって思ってる?
気の利いた会話の一つも出来ない、そんな不器用な女だと思ってる?
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