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万華鏡
D
 「……」
 男はしげしげと彼を見つめた。
 それから何とも言えない顔つきで薄野原を見渡して、次に月を見上げて、それからもう一度視線を彼へと戻した。
 「旦那は面白い人ですねえ」
 男の口元には、先刻とは違う種類の笑みが浮かんでいる。からかうようなにやにや笑いではなく、いかにも親しげなあたたかみのある笑顔である。
 「旦那みたいな人は初めてですよ。いや、これは少し考えを変えなきゃならないかな」
 言いながら、男はまた嬉しそうに笑う。
 どうにも腑に落ちず、彼が疑問を口にしようとしたその時、
 「相模(さがみ)先生じゃありませんか?」
 鈴を転がすような声が、彼の名前を呼んだ。

 彼と男が振り返ると、そこには銀鼠色の着物をきっちりと着こなした妙齢の美しい女が立っていた。
 「白妙(しろたえ)じゃないか。コン。どうしたんだい、こんな所で?」
 それが顔見知りの女だと知って、彼は笑顔で声をかける。
 もうだいぶ前のことだが、この女――白妙とその子供たちに彼が傘を貸してやったことがあって、それ以来、彼女は時々彼の家を訪ねては、新鮮な魚やら果物などを差し入れてくれるのだ。そのまま二人で月見酒と洒落こむこともあり、彼にとっては気の合う呑み友達のような存在だった。

 いつもと変わらない彼の暢気さに、白妙は呆れたように彼に近付いてきた。
 「それはこっちの台詞ですよ。いったいこんな所で何をなさってるんです?……あら?」
 白妙は、彼の隣に立っている男の顔を見ると、その美しい瞳をすっと細めた。そして、いささか険のある声で男に訊いた。
 「清(せい)さんじゃないか。ここで先生と何をしておいでだい?」
 「おお、こりゃ、白妙の姐さん。久しぶりですね」
 男は愛想よく言うのだが、白妙はなぜか警戒したような視線を男へ向ける。
 「まさか先生に悪さしようってんじゃないだろうね?」
 「いやいや、滅相もない」
 男は笑いながら首を振る。
 「月を見ながら、ちょいと話し込んでいただけですよ」
 「本当かい?」
 白妙は胡散臭そうな瞳で男を睨む。男はまいったな、というように頭を掻くと、
 「本当ですよ。こちらの旦那はずいぶんとおもしろい方だ。すっかり気に入りましたよ」
 「ふうん」
 やはりどこか疑わしげな表情の白妙に、男はますます苦笑する。


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