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万華鏡
C
 彼はのんびり首を振りながら男に言った。
 「僕は町へ用足しに行った帰りなんですよ。コンコン。あ、失礼。それで、ここを通りかかったら、薄があんまり綺麗なものでついつい、ね」
 彼の言葉に男は視線をぐるりと薄野原全体に走らせると、
 「ああ、本当だ。お月さんに照らされて銀色に輝いてますね」
 「ええ。ケンケン。こんな時間にここを通りかかることなんて滅多にないので、コン、つい見惚れてしまいましてね」
 咳をこらえながら言う彼に、男は意外そうな表情をつくる。
 「そうなんですかい?今時分が一番良い頃合じゃありませんかね?余計な奴らもいないし、月は綺麗だし」
 そう問われて、彼は照れたように笑う。
 「え?いや、普段ならとっくに家に戻っている頃ですよ。コンコン。僕は夜歩きはしないほうなので」
 「へえぇ、そりゃまた珍しい」
 彼の答えに、男は目を丸くする。

 男はしばらく彼の顔を見つめると、合点がいったように「ああ」と一言洩らして苦笑いした。
 「なあんだ。そういうことですか。なるほどねぇ」
 「?」
 「どおりでここいらじゃ見かけない顔だと思ったんですよ。昨日の祝言にも出てないって言うし」
 「どういうことですか?ケン、ケンケ…ケホッ」
 どうも男の言っている意味が分からず、彼は咳き込みながら不思議そうに首を傾げた。そんな彼を見て、男は口元の笑みを濃くする。
 「いや、てっきりお仲間だと思ったんですが。こいつはとんだ勘違いだ」
 「は?」
 ますます意味が分からない。

 しきりに首を捻りながら問うような視線を男に送ると、男はにやりと笑って、彼の目を真正面から覗き込んだ。
 「旦那、お気をつけなさいよ。ここらあたりにゃ性質(たち)の悪い狐がいるって話だ。ついこの間も、ここで狐に化かされたお人がいるでしょう?うかうかしてると旦那も化かされますぜ?」
 何とも楽しそうに目尻を下げながら男は言う。
 彼もつられたようにくすりと笑う。
 「佐々木さんのご主人のことなら聞いてますよ。コンコン。でも、あれは佐々木さんが悪い。せっかく月見を楽しんでいたところを邪魔されて、コン、狐には不憫な話です」
 彼がそう言うと、男の顔から笑いが消えた。それこそ狐にでもつままれたような顔で、じっと彼のことを見ている。
 男の大げさな反応を少々不思議に思いながらも、彼はさらに男に言う。 
 「それに、もともとここらは彼らの棲処なんでしょう?後から来た人間が偉そうに狐を追い払ったりしたらいけませんよ。…ケフケフッ」


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あきゅろす。
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