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万華鏡
A
 なるほど雪枝の言う通りだ。それなら非があるのは人間のほうに違いない。
 石を投げられて、その仕返しに人間を化かしたというのは、なかなか根性のある狐ではないか。出来ることなら一度会って話がしてみたい。
 彼はそう思い、そのまま素直に雪枝に告げた。
 雪枝は一瞬ぽかんとした顔をして、次には盛大に吹き出した。
 「――まったく!先生は本当に変わってますねぇ」
 けらけらと声を上げていかにも可笑しそうに笑う。
 遠慮なく笑い続ける雪枝を、お天気雨越しに見つめながら、
 「それにしても『狐の嫁入り』かぁ。何だかいいですね。うん、今度ぜひ小説にでも使いたいな」
 まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように喜んでいる。
 こんなところが周囲に『変わり者』と言われる所以なのだろうが、相模遥一郎(さがみよういちろう)本人はちっとも気付かないのだった。


 その翌日、彼は書きかけの小説の資料となる本を探しに、街まで遠出をすることにした。
 「コンコン、ケンケン」
 「何ですか、先生、おかしな咳をして。風邪ですか?」
 「いや。風邪ではないと思うんですけど……」
 そう言いつつ、もしかしたら昨日の朝はしゃいでお天気雨に打たれたのが悪かったのだろうかと思ったりもする。それとも、昨夜呑んだ日本酒で喉が灼けたのか。
 「コンコンコン」
 妙な咳を繰り返す彼に、雪枝が心配そうに顔を顰める。
 「お出かけになるの、別の日にしたほうがいいんじゃないですか?」
 「いや。週明けに溝口(みぞぐち)君が原稿を取りに来ることになっているから。わざわざこんな所まで来させておいて、手ぶらで帰らせるわけには行かないでしょう?」
 雪枝にもすっかり顔の知れた担当編集者の名前を口にする。

 雪枝は彼に少し待つように言うと、一旦奥に引っ込んで、箪笥の引き出しから薄手の襟巻きを取り出してきた。それを玄関口に立つ彼の首にぐるぐると巻きつける。
 「ちょっと暑くないですか?」
 秋を迎えたとはいえまだ十月である。さすがに襟巻きをしている人はいないだろう。
 しかし雪枝は承知しなかった。
 「喉を冷やしちゃいけませんよ。それに、いざとなったらマスクの代わりにもなるじゃないですか」
 そう言いつつ、襟巻きの端をぐっと引っ張り上げて、彼の口をすっぽり覆う。
 「いいですか。ちゃんと巻いてってくださいね」
 「はいはい」
 彼は困ったような笑顔を浮かべつつ、それでも雪枝の気遣いに小さく礼を言った。


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あきゅろす。
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