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万華鏡
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■月野原■




 朝方、縁側でくつろいでいると、急に雨が降り出した。
 「あれ?」
 彼は首を傾げながら、のんびり空を見上げた。
 頭上には青空が広がっている。もうすっかり秋の気配が漂い、澄んだ空気が心地好い。
 「おかしいなぁ?」
 晴れた空からパタパタと降ってくる弱い雨を顔に受けながら、彼は相変わらずのんびりと空を眺める。そんな彼に、
 「あら、狐の嫁入りですね」
 お手伝いの山村雪枝(やまむらゆきえ)が陽気に声をかけた。
 「狐の嫁入り?」
 聞き慣れない言葉に、彼は首をぐるりと回して雪枝のほうに向けた。
 雪枝は両腕に洗濯籠を抱えたまま、にこにこと空を仰ぐ。
 「お天気雨のことをそう呼ぶんですよ。ご存じないですか?」
 笑いながら尋ねられて、彼はいいえ、と二、三度首を横に振る。

 「『狐の嫁入り』か。何だか風流な呼び名ですね」
 そう言う彼に、雪枝はちょっとだけ肩をすくめて見せる。
 「そんな暢気なことを言っていると、狐に化かされますよ、先生」
 「え?」
 「ついこの前も、佐々木さんのとこの旦那さんが化かされたそうですよ」
 「ええ?本当に?どこで?」
 彼は驚いて雪枝に尋ねる。
 雪枝は少し離れたところに見える小高い山を指差して、
 「あの山の周りに、広い野原があるでしょう?」
 「ああ、うん、ありますね」
 雪枝の言っているのは、おそらく川向こうに広がる薄野原のことだろう。彼も街に所要がある時に何度か通ったことがある。

 「あそこは昔から、狐が出て人を化かす、って有名な所なんですよ。地元じゃ『狐が原』なんて呼ばれているくらいですから」
 「へえ、そりゃ凄いな」
 感心しながら頷く彼を見て、雪枝は軽くため息を吐き出した。
 「先生は暢気でいいですねえ。ホント、くれぐれも狐に化かされたりしないでくださいよ」
 「はあ」
 「もっとも、こちらが何かしでかさなきゃ、狐のほうから好んで人間に近付くことはありませんけどね」
 「そうなんですか?」
 「ええ。佐々木さんの旦那さんも、酔っ払って『狐が原』を通りかかった時に、たまたま見かけた狐に、おもしろがって石を投げつけたんだそうですよ。ひどいじゃないですか。私が狐だって怒りますよ」
 と、本気で怒っているような口調で言う雪枝に、彼は思わず苦笑を漏らす。

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あきゅろす。
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