万華鏡
C
彼は家に戻ると、さっそく今見てきた不思議な出来事を、お手伝いの山村雪枝(やまむらゆきえ)に語って聞かせた。
すると、
「ああ、それならきっとあの沼の精ですよ」
雪枝はあっさりとそう言った。
「沼の精?沼の主(ぬし)みたいなものですか?」
「うーん……まあ、そんなようなものです」
私もよく知らないんですよ、と続けて言う。そんな雪枝に、
「蓮の花がひとつ咲くごとに仏様がひとりこの世に誕生する、なんて話を聞いたことがあるけれど、あれもその一種なんでしょうかね?あれ、でも、蓮と睡蓮じゃ花が違うのかな?」
彼が言うと、雪枝はくつくつと肩を震わせた。
それから彼の顔を見ると、笑いながらこう言った。
「それにしても、先生は運が良いですね。私なんて生まれた時からずっとここに住んでますけど、鏡沼の姫様にもそんな粋な蛙の旦那にも会ったことなんてありませんよ」
「そうですか?」
「そうですよ」
雪枝はきっぱりと頷いたが、どうも釈然としない。
何せ彼は、あやうく目玉をくり抜かれるか、水中へ引きずり込まれるかするところだったのだ。
「何だかなぁ……」
眉を下げながらしきりに首をひねる彼の様子に、雪枝はますますおもしろそうに笑った。
その笑顔は、先ほど見た鏡沼の姫にどこか似ているようだった。
そんな、とある夏の日の出来事。
《終わり》
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