万華鏡
B
中央に例の巨大な睡蓮があり、その上に美しい女がいる。
そして、それを囲むように、五、六人ほどの若い女たちが水の上に立っていた。
周りの女たちのおかげで、中央の女の裸体はうまく隠されている。そのことに気がついて、彼はほっと安堵のため息をついた。
「ご安心なさいませ、姫さま」
「よしんばそのような無礼者がおりましたら、目玉をくり抜いてやりましょう」
「いっそ水の底へ引き擦り込んでしまいましょう」
女たちはそう言って軽やかに笑う。
美しい見かけによらず何とも恐ろしい。
彼ますます息を潜め、身を縮こまらせた。
こうなったら大人しくここに隠れて、何とかあの女たちをやり過ごすしかない。
やがて、
「陽が高くなってまいりました」
取り囲む女の中の一人が、空を見上げながら言った。
それに呼応するように、女たちはくるくると中央の女の周りをまわる。
「さあ、姫さま、急いでお着替えくださいませ」
「間もなくお迎えが参りましょう」
女たちは手に手に虹色に輝く薄衣を持ち、それを中央の女へと着せていく。
そうするうちに一筋の光が空から射し込んだ。
「ああ、来ましたわ」
「一年(ひととせ)ぶりのお迎えですわ」
女たちが口々に言う。
虹色の衣を花びらのように着込んだ女がその光に触れると、女の体は一気に空高く舞い上がり、周りを取り囲んでいた女たちも一緒に消えて行った。
「いったい何だったんだ?」
彼は呆然としながら、そろそろと菖蒲の茂みから這い出した。
女たちの姿はもうどこにも見当たらない。それと同時に、先ほどまで沼に咲いていた睡蓮の花も一輪残らずなくなっていた。
「どういうことだろう?」
あの粋な旦那はとうにどこか遠くへ避難してしまったらしい。彼のつぶやきに答えてくれるものは誰もいなかった。
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