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万華鏡
C
 彼の言葉を聞いて、岩谷はどこか寂しそうな微笑を浮かべた。
 ぼんやりと彼の顔を見つめながら、まるで自嘲するようにこんなことを言う。
 「情熱だけではどうしようもないことだってあるさ。思い通りにならないことなんて、この世には掃いて捨てるほどあるんだよ」
 「岩谷?」
 岩谷らしくない物言いに、彼は不思議そうに親友の顔を見つめる。

 昔はこんなことを言う奴ではなかった。こんな笑い方をするような奴ではなかった。
 いつも自信に満ち溢れ、自分の思うままに行動する。彼の知っている岩谷はそんな男だった。
 フランスに渡ってからの数年間、いったい岩谷に何があったというのだろう。
 それに、岩谷はどうして急に日本へ帰ってくる気になどなったのだろう。

 彼の心がかすかにざわめく。
 それを打ち消すかのように、彼はわざと明るい口調で岩谷に話しかけた。
 「でも、夢はまず見ることから始めなくてはならないだろう?」
 「え?」
 「どんな夢も、まずは『そうなりたい』と思うことから始まるのじゃないかな。そしてそれを持ち続けなくては、どんな夢だって現実になどなりっこないさ」
 「……」
 「たしかに僕は作家になるという夢は果たしたけれど、まだまだこれからが正念場だと思っているよ。お前だってそうだろう?憧れの巴里へ行って、本物のセーヌ河を見て、これからやっとお前が本当に描きたかった絵が描けるんじゃないか。そういう意味では、お前も僕もまだ夢の途中にいるわけだ」
 岩谷は目を見張って彼を見た。そのまま数回ほど瞬きする。
 それから、
 「そうだな。そうかも知れないな」
 くすりと笑った。

 その後、彼と岩谷はさんざん飲んで話した。
 まるで会わなかった時間を埋めるように、二人して大いに盛り上がり、一升瓶が数本、あっと言う間に消えてなくなった。
 そうこうする間に雨はますます激しく降り続け、すっかり夜も更けていった。
 「今晩は泊まっていけばいい」
 彼が言うと、岩谷は最初こそ遠慮していたものの、彼に再度強く勧められてその申し出をありがたく受けることにした。
 そのままちゃぶ台の横に布団を敷き、二人並んで天井を見上げる。
 他愛ない話をしているうちに、少しずつ目蓋が重くなっていく。

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あきゅろす。
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