万華鏡
L
「……と、まあ、こういう経緯(いきさつ)なんですよ、先生」
そう言って、白妙はにっこりと微笑んだ。
彼は呆然としながら、白妙の艶やかな笑顔を見つめ返す。
「いや、あの、だからね」
「何ですか、先生?」
「僕はただ、白妙がどうしてそんなに碁が上手いのか、それを知りたかっただけなんだけど」
腰でも抜かしたようにぼんやりと座り込む彼を見て、白妙は大げさに肩を竦めて見せる。
「ですから、たった今お話ししたでしょう?」
「え?…うん、まあ、確かにそうだけど」
それにしたって、もう少し穏便に済ませられないものなのか。彼は心の中でひとりごちた。
そんな彼を面白そうに見つめながら、白妙はさっさと碁の用意など始めている。
「さあ、先生。口直しに碁でも打ちましょうか」
嬉々とした横顔に、ほんの少しだけ複雑な表情が混じる。
思い切って話してはみたものの、果たして本当に良かったのかどうか。こんな突拍子もない妖の思い出話など聞いて、目の前の人間はいったいどう思っただろう。
(まったく柄にもないね)
そんなことを考えながら、白妙がちらりと彼の様子を伺うと、いつの間にか彼は庭に下りていた。
「ちょっと先生、何やってるんですか」
思わず抗議しかけた白妙を振り返り、彼は柔らかく微笑んでみせる。
「ねえ、白妙。今度、一緒に蛍を見に行こうか」
「……」
「うん、そうしよう。約束だよ」
その笑い方が、どことなくかの人と似ているような気がして、白妙は一瞬言葉を失う。
妖に身を落とした自分に、それでも変わらず向けられたあの笑顔。最後まで人を信じ、約束を信じ、幸せそうに旅立って行った人の笑顔に。
「……まったく、先生は物好きですよねぇ」
呆れたように笑いながら、白妙は穏やかな瞳で空を見上げた。
《終わり》
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!