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万華鏡
K
 「これは何としたことか?」
 朔仁は慌てて太刀を手繰り寄せると、すらりと鞘から引き抜いた。
 「私を騙したな!」
 喉元に白刃を当てられても、女は眉一つ動かさない。
 それどころか、
 「お静かに」
 凛とした声で朔仁を叱りつけた。
 朔仁は女を睨みつけたまま、じりじりと間合いを詰めて行く。
 「おのれ、人心を惑わす妖(あやかし)め。逃がさぬからな、覚悟しろ」
 女はそんな朔仁には構うことなく前方を指差した。
 「御覧なさいまし、朔仁様。姫様の御霊が天へ昇っていきます」
 「何――?」
 努めて用心しながら、女の示した方を見る。
 一匹の蛍がふらふらと宙を舞い、高く高く昇っていくところだった。よく見ると、その後ろからもう一匹続いて行く。
 それを見て、女は何とも言えない優しい微笑みを浮かべた。
 「ああ、良かった。浅黄殿もようやく安心出来たようですね」
 ため息をつくように女は言った。
 小さな二つの光を見守る女の瞳は優しく、とても人を化かす妖とは思えなかった。
 「あれは何だ?お前は誰だ?」
 厳しい声で朔仁は問いかける。
 しかし女は相変わらず気にかける様子もない。飄々とした態度で、朔仁を見つめた。
 「それを私に聞くのですか?」
 「何?」
 「あなたは、すべてお分かりのはずなのに」
 そう言って、女はまた笑った。
 その笑顔は何とも魅力的で、一瞬、女が妖であることを忘れさせた。
 「もう一度聞く。お前は誰だ?」
 「……」
 朔仁が問うと、女はじっと朔仁を見つめた。
 その女の瞳に、朔仁は見覚えがあった。
 遠い昔、確かにこの瞳を知っていた。
 幸せそうに寄り添う朔仁と妙姫を、心から嬉しそうに見守る浅黄と、そしてもうひとり―――
 
 「お前は……!」
 朔仁が女の名前を呼ぼうとしたその瞬間、再び甲高い声がした。
 ぴぃー、ぴぃー、と。物寂しい声が聞こえてくる。
 その声に気を取られている隙に、女はあっという間に消えてしまった。
 「あっ――」
 辺りを見回した朔仁は、暗闇の中に、一瞬だけ小さな白い影を見た気がした。






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あきゅろす。
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