万華鏡
J
甲高い声が聞こえる。
あれは何の鳥だろう。
都ではついぞ聞いたことのない声だ。山鳥だろうか。
物寂しいような、それでいて歌うような不思議な声。
その声に誘われるように目を開けると、そこは黒く深い夜の闇だった。灯りひとつない。
「姫……?」
不安になって呼んでみる。
先刻まであったはずの温もりが、今はすっかり消えていた。
ぽっかりと闇を抱いた両腕の寒々しさに、朔仁は思わず身震いした。
「妙姫?」
そう言えば、あんなにたくさんいたはずの蛍も、いつの間にか一匹残らず居なくなっている。これはいったいどうしたことだろう。
朔仁は慌てて起き上がると、先ほどより大きな声で妙姫を呼んだ。
「どこにいるのですか、妙姫?」
すると、闇の中に動くものの気配があった。
妙姫とは違う。
朔仁は咄嗟に身構えた。
「どうなさいました?」
どうやら最初に案内してくれた若い女房のようだった。暗くてよく見えないが、この声は間違いない。
朔仁はほっと息を吐くと、困ったように首を捻った。
「妙姫の姿が見えないのだ。すまないが、灯りを持ってきてくれまいか」
しかし女が動く気配はない。
朔仁はもう一度言った。
「頼むから灯りを持ってきておくれ。妙姫を探さなければ」
すると、
「ああ、姫様なら……」
女は何でもないことのように笑った。
「つい先ほど、行かれました」
一瞬、朔仁はぽかんと女を見つめた。
妙に白い顔で、女はにっこりと朔仁に笑いかけた。
「思いを遂げられて迷いが消えたのでしょう。見届けることが出来て、私も満足です」
約束を果たせましたから。そう言って更に笑う。
暗闇に慣れてきたせいか、朔仁にも今では女の顔がはっきり見える。それと同時に、自分がいる場所の様子も。
「――?!」
朔仁は我が目を疑った。
部屋どころか、屋敷の跡形すらない。そこはただの草むらだった。
どう見ても何十年も人の手が入っていない荒地に過ぎない。
荒涼とした景色の中で、女の着ている衣だけが、不自然に鮮やかな色彩を放っていた。まるでこの世のものではないかのように、暗闇の中でもはっきりと鮮やかに。
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