万華鏡 I 「すまない。すまない、姫」 何度も妙姫に詫びながら、朔仁は妙姫の手を力いっぱい握り締めた。 長い間苦労したせいだろうか。妙姫の手は小さく、その指は糸のように細く頼りないものだった。 「すまなかった」 申し訳なさと同時に、抑え難いほどの愛しさが込み上げる。 朔仁は両手で妙姫の顔を挟み、じっと瞳を覗き込んだ。 「決して嘘をついたわけではない。あなたを忘れたわけでもない。ただ……」 朔仁は悔しそうに唇を噛んだ。 その脳裏に様々なことが浮かんでは消えて行く。とても一言では説明し切れない。 それでも朔仁は必死に言葉を探した。 「ただ、時間がかかってしまったのだ。またここに来られるようになるまで、私にも色々なことがあった。それでこんなに遅くなってしまったのだ。本当にすまない。許してくれ、妙姫」 そんな朔仁に、妙姫は優しく笑いかける。 「どうして謝るの、あなた?」 「どうして、って……」 「あなたは約束を守ってくれた。ちゃんと覚えていてくださった。こうして私を迎えに来てくれたではありませんか」 「……」 朔仁の両の目から涙がこぼれた。 人目も憚らずぽろぽろと大粒の涙を流す朔仁に、妙姫は困ったように微笑んだ。 「あなたったら、しばらく会わない間に、すっかり大人びてしまわれて。それなのに子供のように泣くなんておかしいわ」 妙姫の手が朔仁の髪を梳く。 その心地好さに身を任せながら、朔仁はうっとりと妙姫を見つめた。 「そうだな、私もずいぶん年を取った。でも、あなたは少しも変わっていない。あの頃のままだ」 朔仁の言う通りだった。 目の前の妙姫は、何もかもが昔のままだ。艶やかな黒髪も、真珠のように輝く肌も。 まるで年を取ることを忘れてしまったかのようだった。 「ふふふ…」 嬉しそうに笑う妙姫に、朔仁もつられたように笑った。 「蛍……」 ふいに、そう言って、妙姫が庭を指差す。 見ると、たくさんの蛍が、緑色の光を放ちながら空中を舞っていた。 「蛍たちも、この庭に帰って来てくれたのね」 「ああ。とても美しいね」 蛍の淡い光に包まれながら、朔仁は妙姫の体を柔らかく抱き締めた。 「おかえりなさい、あなた」 これ以上ないくらい幸せな気持ちで、妙姫は朔仁の腕に身を預けた。 [前へ][次へ] [戻る] |