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万華鏡
G
 

 「あれから、どれくらい経つのかしらね?」
 縁側に置いた碁盤にもたれながら、妙姫はぼんやりと呟いた。
 その視線の先には、毎日毎日変わることのない風景。
 月明かりに照らされた庭はすっかり荒れ、今では足の踏み場もない。かつての賑わいが嘘だったかのように、何もかもがしんと静まり返っていた。
 それでも夏になるとこうして蛍がやって来るのは、鬱蒼とした草に埋もれながらも、池の底では今でも水が清らかに流れている証拠だろうか。
 この蛍の光を、朔仁とふたり寄り添って眺めたのは、いったいいつのことだっただろう。
 三年前か、五年前か。それとも、もっとずっと前だったかもしれない。
 最後に朔仁がここを訪れたのはいつであったろう。最後に朔仁と交わした言葉はいったいどんな言葉だったろうか。
 妙姫にはそれさえも分からなくなっていた。
 「さあ、姫様。そんなことより、続きをいたしましょう」
 涼やかな声と共に、ぱちりと乾いた音を立てて、白い碁石が盤上に置かれる。
 その音が妙にはっきりと妙姫の耳をとらえる。
 「ああ、そうだったわね」
 のろのろと黒い碁石を取り出し、妙姫は向かい側に座る若い女に問いかけた。
 「ところで、浅黄はどうしたのかしら?姿が見えないようだけど……」
 女はにっこり笑うと、何でもないことのように言った。
 「浅黄殿でしたら、ずっと姫様のお傍におられますよ。そう約束したじゃありませんか」
 「……」
 女の言葉に、妙姫は不思議そうに首を傾げた。
 「そうだったかしら?」
 「そうですよ。ほら、浅黄殿はそこにいらっしゃいますでしょう」
 女の言葉に合わせるように、妙姫のそばでふわりと優しい気配がする。
 それは間違いなく浅黄だった。子供の頃から妙姫の傍を片時も離れたことのない優しい乳母の浅黄。
 「ああ、そうだわ。浅黄、そこにいるのね」
 妙姫がほっとしたように笑いかける。
 その笑顔に合わせて、女はまたしてもにっこりと笑う。
 「大丈夫ですよ、姫様。だってお約束しましたもの、浅黄殿も、私も」
 「……」
 妙姫の虚ろな瞳に、女の艶やかな笑顔が映る。
 「決して姫様を一人にはいたしません。姫様が寂しくないよう、こうしてずっとお傍におりますよ」
 そう言う女の顔を、妙姫はじっと見つめた。
 「ずっと?」
 「ええ、いつまでもずっと、です」
 「そうね。そうだったわね、……」
 妙姫が女の名前を呼ぶと、女は嬉しげに頷いた。


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あきゅろす。
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