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万華鏡
A
 「で、日本へはいつ帰って来たんだい?」
 手ぬぐいを差し出しながら尋ねると、岩谷は曖昧に首を傾げた。
 「うん、まあ、つい最近だよ」
 「つい最近、って。何だ、連絡をくれればみんなで港へ迎えに行ったのに」
 「いいよ、そんなの」
 「よくないよ。お前が戻ってきたと知ったらみんな喜ぶぞ。関口(せきぐち)とか、本宮(もとみや)とか。たまに会うと、いつもお前の話になるから」
 そっけない親友の様子に、彼は呆れたように言う。
 「関口に本宮か…懐かしいな。みんな元気か?」
 旧友の名前を口にした途端、岩谷の目元が優しげにほころぶ。
 それを見て、彼も少し嬉しくなった。やはり昔と何ひとつ変わっていない。
 一時期は、住む世界が変われば友情も変わるのだろうと些か寂しい気持ちになったりもしたのだが、こうして顔をつき合わせれば、そんな思いも何処かへ消えて行くようだ。
 「元気でいるよ。関口は新聞記者、本宮は銀行員をやっている」
 「なるほど、本宮ならピッタリだろう。よく出納係をやっていたものな。あの頃からきちんとした奴だった」
 「ああ」
 「それに、関口が新聞記者と言うのも納得だな。奴は昔から、仲間内でも一番弁が立ったから」
 そう言って、岩谷はおかしそうに笑いながら何度も頷いた。

 「なあ、相模、お前はどうなんだ?」
 ふいにそう尋ねられて、彼は少し驚きながら親友の顔を見つめる。
 「どう、って?」
 「望み通り小説家になって楽しいか?」
 そんなことを訊いてくる。
 彼は一寸戸惑った後、それでも素直に答えた。
 「そりゃあ、楽しいことばかりじゃないけれどね。夢と現実のギャップにいたたまれなくなることだってある」
 「そうなのか?」
 「そりゃそうだよ。でも、自分が好きでやっていることだから。それに、僕には文章を書くことしか出来ないし」
 「……」
 彼の返答に、岩谷は急に口をつぐんでしまう。
 まるで何かを考え込むように、テーブルの上で両手を組んで、自分の指先あたりをじいっと見つめている。
 思い詰めた顔は、およそいつもの岩谷らしくない。
 それにつられるように彼も黙り込んだ。

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