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旅人シリーズ
C
 売り子は振り返り、黒い澄んだ瞳で僕を見た。
 僕はぎこちなく笑いながら売り子に尋ねた。
 「僕にも一ついただけませんか?」
 売り子は笑顔で頷くと、青い羽の入った箱を僕のほうへと差し出した。
 僕は売り子に硬貨を渡して、その中から一本選んで抜き取った。
 すると、売り子は笑いながら僕にこう言った。
 「あなたに幸福が訪れますように」

 その売り子の言葉に、僕はゆっくりと首を振る。
 「いえ、違うんです」
 「違う?」
 売り子は不思議そうに僕の顔を見つめる。
 僕は苦笑しながら、まるで言い訳のように売り子に説明する。
 「これは自分のために買うのではないのです。大切に持って帰って、ある人に贈ろうと思って……」
 そんな僕の言葉に、売り子の黒い瞳が細められ一瞬だけきらめいた。それから、
 「それならば、その羽は間違いなく幸せを運んでくれますよ」
 売り子はそう言って満面の笑みを浮かべた。


 旅行初日だというのに、その夜は雨だった。
 昼間あんなに晴れていたのが嘘のように、夕方から降り出した雨は夜半になっても止むことはなかった。
 仕方がないので、夕食は宿の中のレストランでとることにした。
 食後酒に運ばれてきた林檎のワインを飲み、そう言えば雨が降り出したのはあの売り子が店を畳んだ直後だったことを思い出す。
 (まるで雨が降ることを知っていたみたいだな)
 そんなことを考えながら、ぼんやりと雨に滲んだ街灯りを眺める。
 明日には晴れるだろうか。もし晴れたら、もう一度あの店に行ってみよう……。
 ガラス窓を叩く雨音を聴きながら、僕は林檎酒の甘い香り、その最後の一口をゆっくりと飲み干した。

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