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旅人シリーズ
B
 紳士はふんと鼻を鳴らすと、ポケットから硬貨を取り出して若い女に差し出した。
 「まあ、いい。一つもらおう」
 「ありがとうございます」
 「こんなもの信じちゃいないが、旅行の記念だ」
 そう言いながら立ち去る紳士に、売り子は愛想よく声をかける。
 「あなたに幸福が訪れますように」
 紳士は面倒くさそうに手を振ると、通りの向こうに消えてしまった。

 それを見ていたカップルの女性のほうが、紳士につられたように羽を一本手にした。
 「私にもこれ頂戴」
 「はい。ありがとうございます」
 売り子はにっこりとほほ笑んだ。
 「あなたに幸福が訪れますように」
 女性は羽根を受け取ると、喜んで羽織っていた上着のポケットに差し込んだ。
 「そんなもの本当に信じているのかい?」
 「あら、いいじゃないの。大した金額じゃないんだし」
 「それはそうだけど」
 「ふふふ…この青い羽が、きっと私の願いを叶えてくれるわ」
 カップルは笑いながらその場を去って行った。
 残りの人たちもそれぞれに青い羽を買い、服に着けたりバッグに飾ったりしながら満足そうに店を後にした。

 僕はじっとその様子を見つめていた。
 いつの間にか人だかりはなくなり、売り子の女と青い羽だけがそこに残った。
 売り子はまっすぐに前を向き、ほほ笑んだまま静かに座っている。
 僕は迷った。
 幸福の青い羽というのに非常に興味を引かれてはいたが、何となく出遅れた感が否めない。今さらあの露店に近づいて青い羽を手に取るのも、どうにも気恥ずかしい気がする。
 僕が逡巡していると、売り子はふいに空を見上げ、立ち上がって慌しく店を畳み始めた。
 どうやら迷っている暇はないらしい。
 僕は急いで売り子に近づくと、思い切って声をかけた。
 「あの――」

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