旅人シリーズ
A
陽射しは穏やかで暖かく、時おり爽やかな風が吹き込んでくる。
やがてその風の中に、ほのかに林檎の香りが混じってきた。
僕は顔を上げて窓の外を見た。林檎の樹などどこにも見当たらない。
けれど香りはどんどん強くなっていって、しまいには汽車の中を甘い芳香が満たしていった。
(いったい何処から香ってくるのだろう?)
不思議に思っていると、汽車はある駅に停車した。
変わった名前の駅だな…というのが第一印象だった。
そして林檎の香りに誘われるまま、僕はその駅で汽車を降りた。
古びた駅舎を出ると、そこは予想に反してかなり繁華な街だった。
駅前に大きなロータリーがあり、それを囲むようにたくさんの土産物屋やプチホテルが並んでいる。そのどの店先にもたくさんの林檎が山のように積まれていて、大きな看板に『収穫祭・林檎のワインあります』と手書きで描かれていた。
なるほどあれは林檎酒の香りだったのかと合点がいく。
それにしても肝心の林檎畑はどこにあるのだろう。
僕はきょろきょろと辺りを見回した。すると目に入ってきたのは林檎畑ではなく、街角に出来た小さな人だかりだった。
何だろうと思って視線を向けると、青い綺麗な羽をたくさん並べた小さな露店があった。エキゾチックな衣装を着た若い女が、集まった人たちにうっすらと微笑を投げかけている。
「ねえ、見てみて。とても綺麗」
「幸福の羽?……ああ、メーテルリンクの『青い鳥』だね」
若いカップルが楽しそうに囁きあっている。
その隣では、恰幅のいい紳士が、胡散臭そうに手に取った羽をじろじろと眺めていた。
「とんだ子供だましだな。いったい何の鳥の羽だね?」
「正真正銘、幸せの青い鳥の羽です」
売り子の女は相変わらず口元に笑みを浮かべたままそう答える。
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