旅人シリーズ
〃 F
僕は何とか彼女を説得しようと必死だった。このまま別れるなんて嫌だった。
「分かるよ。住み慣れた土地を離れるなんてとても不安だよね。でも、どうか僕を信じてついて来て欲しい」
僕は心を込めてそう言った。
実を言えば、この時僕は彼女にプロポーズをするつもりだったのだ。
「エレナ、お願いだ、僕と――」
けれど彼女は僕にその先を言わせてはくれなかった。
彼女はその白い指先を僕の唇に押し当てると、とても悲しそうにほほ笑んだ。
「ごめんなさい、高志(たかし)。お願いだから、もうここには来ないで。私のことなんて忘れてしまって。あなたはあなたの居るべき場所へ帰って」
一息にそう言うと、エレナは僕の手をすり抜けて森の中へと消えてしまった。
僕は当然彼女の後を追いかけた。
全速力で走る僕なのに、何故だろう、ちっとも彼女に追いつけない。まるで森全体が意志を持って、僕と彼女を遠ざけようとしているかのようだ。
「エレナ!」
僕は必死に彼女の名前を呼ぶ。
すると彼女が足を止め、僕のほうを振り返った。
今を逃したらきっともう二度と彼女には会えない――そんな気がして、僕は僕の気持ちをそのまま口にした。
「君と離れるなんて僕には出来ない。心が引き裂かれそうだ」
「高志……」
「君がここを離れられないと言うのなら、どうしたら一緒にいられるのか考えよう。たとえ今は一緒にいられなくても、僕の心は変わらない。君が僕の求婚を受けてくれるまでいつまででも待つよ」
エレナの緑色の瞳から綺麗な涙がひとつこぼれ、エレナの腕が僕のほうへ伸ばされた。
一歩、また一歩。僕たちはその距離を縮めていく。
だが、
「私の娘を惑わす人間よ。私はお前を拒絶する」
突然大きな声が聞こえてきたかと思うと、森中の木々や草たちがざわざわとざわめき始めた。
「お父さま!」
非難するようなエレナの声。
ますます大きくなる森のざわめき。
そして―――。
後編へ続く...
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