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旅人シリーズ
  〃  C
 緑色の双眸が鋭く僕を睨みつけ、その迫力に僕は思わずひるみそうになった。
 だがここで躊躇していては何も始まらない。
 僕は自分を奮い立たせ、まっすぐに彼を見つめた。
 「かすかにだけど覚えている。僕はあなたを知っている」 
 「……」
 彼は黙って僕を見下ろす。瞳から剣呑な色は消えない。
 それでも僕はかまわず話し続けた。
 「ほかにもいくつか覚えています。太古から続く緑の森。木々の間からこぼれる新緑の光。明るい緑と、それを映したような優しい緑色の瞳。……エレナ?」
 自分の言葉にはっとする。
 「そう――。そうだ、エレナ。僕を見つめる優しい、そして悲しそうな緑色の瞳。あの瞳の持ち主は『エレナ』という名前だった」
 いくらか昂奮しながら僕は言った。
 『エレナ』という名前をきっかけにして、欠けていたパズルのピースがそれぞれの場所に嵌まるように、様々な光景が僕の頭の中に浮かんできた。そして同時に僕は胸が押しつぶされるような気持ちになった。
 何故だろう。
 失くしていた記憶を取り戻して嬉しいはずなのに、何故こんなにも悲しい気持ちになるのだろう。

 いつの間にか僕の目からは涙がこぼれていた。
 ああ、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。この喪失感はいったい何なんだろう。
 「そうか。きっと僕は一番大切なことを思い出していないんだ」
 そう呟くと、ますます涙が溢れてきた。
 我ながら情けないとは思う。でも今僕の中にある圧倒的な喪失感に、僕の心はたまらず悲鳴を上げている。自分でもどうしようもないんだ。
 「……ふん」
 そんな僕を見て、『緑の王』はおもしろくなさそうに鼻を鳴らす。
 少しだけ上半身を屈めると、彼は僕の顔を覗き込んで、僕の頬にそっと左手を添えた。冷たい指の感触にひやりとする。
 「人間ごときが、この私の術を破ろうというのか」
 「え?」
 僕は驚いて顔を上げる。
 思ったより近くに深い緑の瞳があって、その不機嫌そうな声とは裏腹に、包み込むような優しさを含んでじっと僕を見つめていた。
 「いいだろう。お前に返してやろう」
 「何を、ですか?」
 緊張に声が震える。
 どうやらいよいよ僕は核心に近付いてきたらしい。

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