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旅人シリーズ
《前編》@

旅人シリーズZ

時の石
《前編》





 顔を上げて、僕は目の前の古びた建物を見た。
 『幻想博物館』。 
 何故ここに来たのか自分でもよく分からない。ここを再び訪れるのは、てっきり十二年後の満月の晩だと思っていたのに。
 気がつけば僕は、あの南の島から帰国するなり、我が家とは反対方向へ向かう列車に乗って、空港から直接ここへ来てしまった。
 列車に揺られる僕の頭の片隅に、呆れたようにため息を吐く親友の顔や愛猫リデルの切なそうな鳴き声が浮かんだが、それでもこの衝動を抑えることは僕には到底無理だった。
 本当に自分でもよく分からない。
 けれどここに来れば、僕がずっと探し求める答えがあるような気がした。いや。たとえなかったとしても、何らかの手がかりは得られるはずだ。
 そんな根拠のない確信に導かれるまま、僕はこうしてやって来たのだ。

 「やっぱり開館時間は過ぎてしまったか」
 駅に着いたのが夕方だったのだ。そんなことは当に予想がついていた。
 「仕方ない。また明日出直すか」
 そう呟きつつ僕が踵を返そうとした時、
 「お入りなさい」
 静かな声がして、僕は声のほうを振り向いた。
 「柿崎さん」
 正門のすぐ脇にある関係者用の小さな通用門を少しだけ開けて、この『幻想博物館』の老館長が僕を手招いていた。
 「いいんですか?」
 近付きながら尋ねると、柿崎館長は無言で頷いた。
 そうして、いつかの夜のように、人気のない博物館の中へ足を踏み入れる。館内はしんと静まり返り、まるで時が止まってしまったかのようだ。
 そんな中を僕は黙って柿崎館長の後についていく。
 いきなり訪ねて来た僕を、柿崎館長は何と思っているのだろう。
 中に入れてくれたのは有り難いが、僕がここに来た理由をどう説明したらいいんだろう。
 まさか「何だか分からない探し物の手がかりを求めて、とりあえずここにやって来ました」とも言えないし。

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あきゅろす。
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