旅人シリーズ
〃 B
頷くことも否定することも出来ず、僕はただ俯いた。
彼は海を見つめながら、疲れたような口調で言葉を紡いでいく。
「本当は俺だって信じてない。だけど――」
彼はゆっくりと振り返り、岩場に座る少女を見た。その瞳が悲しそうに揺れる。
「ディーナを失いたくないんだ」
彼の言葉に、僕ははっとして顔を上げる。
『――を失いたくないんだ』
どうしてだろう。
もうずっと以前、僕もそんな台詞を言った覚えがある。
それがいつだったのか、誰に対して言ったのか、何ひとつ覚えていないけれど。
でも、たしかに言った。
失いたくない、と。溢れかえるような緑に囲まれて……。
「俺はディーナを連れてこの島を出る」
物思いに沈みかけた僕の思考を、彼の声が現実へ引き戻す。
僕は二、三度軽く首を振ると、頭の中に浮かんだ不可思議な残像を無理やり掻き消した。
「正直言って、僕はこの島のことも君の妹さんのこともよく分からない。けれど君は君の思う通りやったらいいよ」
ずいぶん無責任なことを言うものだと、心の中で自分を責めながら、それでも僕は彼にそう言わずにいられなかった。
「住む世界が違うからもう一緒にいられないなんて。そんな言葉で納得できるはずがないさ」
僕は言った。
そんなことを僕が言うなんてよほど意外だったのか――まあ、そりゃそうだろうけど――、彼は僕がそう言った途端大きく目を見開いて、それから安心したように息を吐き出した。
「俺、間違ってないよな?」
静かに、でもどこかすがるような口調でそう尋ねてくる彼に、
「ああ」
僕ははっきりと頷いて見せた。
彼は一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたが、すぐに笑顔をつくると、立ち上がって僕のそばを離れていった。
「ありがとう」
小さな声に慌てて振り返ると、岩場に向かう彼の背中が夕焼けで真っ赤に染まっていた。
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