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旅人シリーズ
  〃  A
 しかしそのことを裏付ける証拠は何ひとつなく、普通であれば昔語りのお伽話として風化してしまうだろう。
 では、何故この島の人々が、そんな夢物語みたいな伝説を今でも頑なに信じているのか。
 それはこの島に伝わるもう一つの伝説に理由があった。
 この島では、百年に一人、故郷である海に還るべき人間が生まれるという。
 人間の姿を持ちながら魚の心を持った者。母なる海に選ばれた者。かつての祖先のように、陸と海とを繋ぐ者。

 それが彼の妹ディーナのことだと島の長老は言ったそうだ。
 腕に出来た痣はその証。銀水魚たちと同じ鱗なのだと言う。
 ディーナは海に選ばれ、やがて銀水魚たちと共に海へ還る。自分たちとは住む世界が違うのだ。だからもう家族と一緒に陸の上では暮らしていけないのだ、と。


 「銀水魚たちは一年に一度、群れを成してこの島から出て行くことがあるんだ」
 「何のために?」
 「さあ。産卵のためだとか、海の底の人魚の国へ帰るんだとか、いろいろ言われているけど、結局本当のところは分からないんだ。でも、たしかに奴らは一年に一度、ある一定の時期だけ姿を消す。そして、その時ディーナも銀水魚たちと一緒に海へ還るのだと長老は言うんだ」
 「……」
 「ほかの奴らも同じだ。『これは昔からの決まりで仕方ないことだから』って、俺の言葉に誰も耳を貸そうとしない。ディーナのことなんてどうだっていいんだ。もう俺は島の人間なんか誰も信じない」
 「……」

 何とも現実離れした話に、僕は何と答えて良いか分からなくなる。
 彼の真剣な様子を見れば、ただのお伽話だと一笑するわけにもいかない。けれど無条件で信じられるほど、僕はこの島のことも彼らのことも知らなさ過ぎる。
 僕の沈黙をどう思ったのか、彼はふと自嘲気味な笑いを浮かべると、
 「こんな話、とても信じられないだろう?」
 そう言った。

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