[携帯モード] [URL送信]

旅人シリーズ
@


旅人シリーズX

羊歯の音色




 雨音に混じってかすかな音色が聞こえてきた。
 ヴァイオリンでもなく、ビオラでもなく、どちらかというとハープの音に近いが、もっと落ち着いた湿ったような音だ。
 書き物をしていた手を止めて、僕はじっとその音に聞き入った。

 ポロンポロロン……。
 
 今までに聞いたこともないような不思議な音色。でもとても心地好い。
 その音の出所を辿ってみたくなって、コテージの扉を開けると、夜の闇の中にそっと身を滑り込ませた。

 「どこから聞こえてくるんだろう?」
 息を潜め、耳を澄ます。
 音は時々途切れがちになりながら、それでも止むことなく鳴り続けている。
 それはまるで僕を誘うようでもあり、逆に僕が来ることを拒んでいるようでもあった。本当に何とも不思議な音色だ。
 「こっち、かな?」
 聴覚だけを頼りに、舗装もされていない夜道を歩いていく。
 どうやらその音は、目の前に広がる森の奥から聞こえてくるらしかった。
 どうしよう、と咄嗟に迷った。
 見知らぬ土地で夜の森に入るなど危険この上ないことだ。
 けれど、そんな不安をかき消してしまうくらい、耳に届く音色はとてつもなく魅力的だった。

 僕が迷ったのは一寸の間だった。
 意を決して顔を前方へ――音のする方向へ向けると、僕の足は雨に濡れた落ち葉をしっかりと踏みしめた。


 
 僕が旅に出ることを思い立ったのは、先月の終わりのことだった。
 いつもだったら、そのままふらりと気ままな旅に出かけてしまうところだが、今回は少しばかり違っていた。
 「いつもよりちょっと長い旅行になりそうなんだ」
 前触れもなくそう告げると、親友は特に驚いた様子もなく、ただ「ふうん」とだけ相槌を打った。こちらも気にせず話を続ける。

[次へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!