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旅人シリーズ
  〃  A
 実際、この島の呼び名の由来にもなったその伝説は、小説家である僕の想像力を刺激するのに十分だった。
 水平線に溶けていく夕陽を見つめながら、いつの間にか、僕はこの島の伝説を思い出していた。



 昔々、まだこの島に人が住んでいなかった頃のこと。
 一人の若者が偶然この島に流れ着いた。そして、美しい人魚と恋に落ちた。
 人間と人魚、陸と海に生きるもの。決して結ばれない運命の恋人たち。
 けれど二人は諦めなかった。
 若者は人魚のために陸を捨てることを誓い、故郷と家族を捨てた。
 人魚は若者のために海を捨てることを誓い、なめらかな銀の鱗を脱ぎ捨てた。
 二人は誰もいないこの島で、二人きりでひっそりと暮らし始めた。
 やがて月日が過ぎ、二人の間に双子が生まれた。
 一人は若者に似た黒い髪の男の子。そして、その片割れは銀色の鱗を持った魚だった。
 若者と人魚――かつて人魚だった若者の妻は、魚の姿を持って生まれたわが子を見て嘆いた。
 これこそが禁忌を破った二人への罰だったのだろうか。
 二人は銀の魚を海へ放すと、魚はあっという間に波間に消えていった。
 それからというもの、二人は毎年子供を授かったが、生まれてくるのは必ず人間と銀色の魚の双子だったという。



 「俺たちは人間として生まれたほうの子孫で、この付近の海にしかいない細長い銀色の魚『銀水魚(ぎんすいぎょ)』は双子のもう一方の子孫なのさ。だから、あの魚を獲ることは禁じられているんだ。自分たちの兄弟を捕まえるわけにはいかないからな」
 僕に島の伝説を教えてくれた気のいい漁師は、そう言ってからからと笑った。
 僕があまりに間の抜けた顔でその話に聞き入っていたから、ひょっとしたらからかわれたのだろうかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

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あきゅろす。
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