旅人シリーズ
F
翌朝、僕はコテージのベッドの上で目を覚ました。
暖かい陽射しが目蓋を照らし、その眩しさにおずおずと目を開ける。
「う、うー…ん」
枕元の時計を見ると、ちょうど六時をまわったところだった。
のろのろとベッドから這い出し、コテージの扉を開けると、朝の新鮮な空気を思い切り吸い込んだ。
「ふわぁあぁ。よく寝たな」
大きな欠伸をしながら、周りの景色を眺める。
すっかり見慣れた森の風景。だが、今朝はいつもと少し違っていた。
「おや」
森全体から白い水蒸気が立ちのぼり、ゆらゆら揺れながら空へ昇っていくのが見えた。
「雨が天へ還っていく……」
その幻想的な眺めに、僕はしばらくの間うっとりと見入っていた。
空へ昇る白い筋を目で追いながら、僕は昨夜見た不思議な夢のことを思い出していた。
夜の森。光る草。不思議な女性。そして、羊歯の音色。
そこまで思い出して、僕はふいに首を傾げた。
それから慌てて部屋に戻ると、旅行鞄から一冊の手帳を取り出した。この旅の途中で見聞きしたここらの地方に伝わる伝説やおとぎ話を、聞くたびにこまめに書き記しておいたものだ。
「ああ、やっぱりそうだ。どこかで聞いたような話だと思ったんだ」
しおりの挟んであるページを開くと、そこに書かれているメモを読み返す。
「『羊歯の音色』。雨期の終わりを告げる森の精霊たちの宴。森に恵みをもたらしてくれる雨に感謝し、雨の妖精を空へと送る歌。ただし、人間がその宴を見たりその音色を聴くことは出来ない。……そうそう。ここの管理人さんに教えてもらったんだっけ」
一昨日その話を聞いたばかりだったので、つい夢に見てしまったのだろうか。
それにしても、たとえ夢の中とはいえ、幻の『羊歯の音色』を聴くことができたのは幸運なことに違いない。
あんなにはっきりと、まるで現実と寸分違わない夢。
「滅多に夢なんか見ないのになぁ。やっぱり旅先だと具合が違うのかな?」
そう言いながら、自分の意外な繊細さに、僕はついつい苦笑した。
しかし僕は知らなかったのだ。
そんな僕のパジャマの裾に、鮮やかな緑色の羊歯の葉の破片が、こっそりしがみついていたことを。
Fin.
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