旅人シリーズ
E
呆然としていると、彼女がほほ笑みかけてきた。
「ごめんなさい。もうお終いなの」
その悲しそうな笑顔に、どこか見覚えがあるような気がした。
僕は彼女の緑色の瞳を凝視した。
(何て色なんだ……)
まるで人間ではないみたいだ。そう思ったが、慌ててその考えを心の奥へ呑み込んだ。
何故なのかは自分でも分からない。
けれど、これ以上そのことを考えてはいけないような気がしたのだ。
「さあ、もう行って」
そう彼女は言う。
「でも――」
このまま帰るわけには行かない。こんなもやもやした気持ちのまま、ここを去るなんて出来ない。
心の中で必死に訴えながら、強い思いを込めた瞳を彼女に向けた。
けれど彼女はあくまでも静かに首を振る。
「羊歯の音色はもう鳴らない。あなたに伝えることは何もない」
「……」
「さあ、お願いだから、もう行って。あなたの居るべき場所へ帰って」
彼女のその言葉に、僕は大きく目を見開く。
今と同じ台詞を、以前にも誰かに言われたことがある。
目の前の女性と同じように、深い緑色の瞳と悲しそうな――とても悲しそうな笑顔で。
「…エレナ……」
自分でも分からないうちに、僕の口からその名前がこぼれ出た。その瞬間、周りの木々が大きくざわめいた。
彼女は慌てたように顔を上げると、握っていた僕の手のひらにそっと爪を立てた。
「痛い」
小さく呟いた言葉を最後に、僕は徐々に意識を失っていった。
彼女はぐったりと力の抜けた僕の体を抱きとめると、柔らかな草の上にそっと下ろしてくれた。
そして、
「ごめんなさい」
そっと耳元に囁き、そのまま僕を残して、彼女は森の奥深くへと消えてしまった。
そこで、僕の意識は完全に途切れた。
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