旅人シリーズ
C
その草の上にたくさんの人が腰を下ろし、うっとりと夢見るように目を閉じている。
人々の中央には大きな羊歯植物の株があって、そこに一人の女性が立っていた。
彼女の腰まで長く伸びた髪は、身に纏った若草色のドレスの色が映えたように、かすかに緑色を帯びた銀髪。閉じられた瞳が何色なのかは分からないが、きっとこの森のように深い緑に違いない。
彼女の白く細い手が羊歯の葉を掴み、尖った指先がその表面を優しく撫でる。
するとそこから音が生まれた。
ポロンポロロン……。
それは間違いなく、僕が探していた音だった。
羊歯の音色に合わせて、女性は目を閉じたまま歌を口ずさむ。
遠い昔に使われなくなった古い言葉が紡ぐ詩は、こんな内容のものだった。
『昔 一人の男がいた
男は空に焦がれ 空を飛ぶ鳥に焦がれた
大空を自由に舞う夢を見た
毎日毎日空を見上げる
かなわぬ夢を男は見続けた
男の澄んだ瞳に いつしか鳥は心奪われた
鳥は男に焦がれ 男のいる大地に焦がれた
人は想う 空を飛ぶ鳥を
鳥は想う 大地に生きる人を
見果てぬ夢を 人は 鳥は 夢見る
人は知らぬ 鳥の心を
鳥は知らぬ 人の心を……』
その歌を聴いているうちに、僕の瞳に涙が溢れていた。
その時僕は、自分が泣いていることさえ分からずに、ただひたすら歌に聞き入っていた。何もかも忘れたように、微動だにせずそこに立ち尽くしていた。
気がつくと、歌はいつのまにか止んでいた。
しとしとと降り続けていた雨も止んでいる。
慌てて辺りを見回すと、地面に座って歌を聴いていたはずの大勢の人たちの姿は、もうどこにもなかった。
(みんな、いったいどこへ行ってしまったのだろう?)
薄気味悪く思いながら、それでも僕はその場を去ることが出来ないでいた。
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