旅人シリーズ
H
「あ……」
先ほどまでいたはずの公園の景色は消え、いつの間にか周囲は闇一色に変わっていた。
すっかり驚いている僕にかまわず、男は肩に止まっている大鳥に話しかける。
「怪我をしたのか、カルキス?」
大鳥は二、三度首を振ると、甘えるように男の手に額を擦りつけた。
男は満足そうに大鳥の首を撫でると、冷たい漆黒の瞳をやっと僕へと向けてきた。
「私のカルキスが世話になったようだな。礼を言う」
「……」
言葉もなく男と大鳥を見つめていると、男は僕の上着のポケットを無遠慮にまさぐった。そして例の小瓶を取り出してしまう。
「それは――」
抗議するように声を上げると、男はじろりと僕を睨みつけた。
「これはもともと私のものだ」
その迫力に、僕は大人しく口をつぐむしかなかった。やはりこの男は人間じゃないのかも知れない。
男はしげしげと小瓶の中の干物を見つながら、にやりと口の端を上げた。
「いい格好だな、リリス」
そう言って酷薄そうに笑う男に、干物は怒ったようにキーキーと喚き出す。
それを無視して、男がぐいと僕のほうへ顔を近づけてきた。
「お前には借りができた。いずれ改めて礼をしよう」
「いや。お礼だなんて、そんなもの結構です」
僕は慌てて首を振った。
すると男は少しだけ目を見開いて、僕の顔をしげしげと眺めた。
「な、何ですか?」
目の前にある整った美しい顔についつい顔を赤らめてしまう。
そんな僕の様子に、男はふっと目元を緩ませる。そうすると、先ほどまでの冷たい威圧感が嘘のように、思いがけず優しい表情になった。
「面白い人間だ」
男は何やら納得したようにそう呟くと、ゆっくりと離れていった。そして、
「いつかお前が私の力を必要とする時が来たら、遠慮なく私を呼ぶといい。私の名はアラストル。いいか、よく憶えておけ」
そう言うと、男はくるりと背を向けた。
「あ、待っ――」
呼び止めたはずの声は、大鳥の歌声にかき消された。
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