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旅人シリーズ
C
 
 そういうわけで、僕はいつものように気の向くまま電車を乗り継ぎ、いつものように気が向いた駅で電車を降りた。
 駅の案内所で泊まる場所と近隣の観光名所を教えてもらい、安いが清潔で手入れの行き届いたホテルの一室に落ち着くことが出来た。
 のんびりと風呂に浸かり、ルームサービスで注文した軽めの夕食を済ませて、まだ少し眠るのには早いかなと思っていた時、ふと窓の外の暗闇が目に入った。
 (夜ってこんな色をしていたんだな)
 漆黒ではない。濃紺というには少しばかり薄い色。
 木や山の影がくっきりと黒く浮かび上がり、満天の星を散りばめた空は思いのほか明るい。かすかに広がる銀色の光を辿っていけば、上空には細く笑うような三日月が浮かんでいた。

 コンビニエンスストアや二十四時間営業のレストランの灯りに彩られ、一晩中人工的な光の途切れることのない街の景色とは違う。
 ふだん忘れている夜の本当の姿を見た気がして、僕は思わず窓辺に寄った。
 季節はまだ本格的な春には遠く、空気も風も冷たい。
 けれど、どうしてもこの夜の空気を吸いたかった。夜風の匂いを嗅ぎたいと思った。
 それで窓を開けたのだ。

 「でも、夜風と一緒にこんなものまで入ってくるとは思わなかったな」
 そう呟いて、机の端に置いた小瓶を眺め、それから視線を小鳥へと移す。
 小鳥は疲れているのかぐっすりと眠り込んでいる。
 ぴくりとも動かないどこか静かすぎるその姿は、本当に夜そのもののようだ。まるで夜の空気を凝縮して小さく丸めたような、そんな感じがする。
 「まさか死んだりしてないよな?」
 心配になってそっと近付くと、見知らぬ気配に驚いたのか、いきなり小鳥が顔を上げた。
 「あ――」
 僕を思わずその場に立ち尽くした。
 こちらを見つめる小鳥の瞳は深い夜の色――いや、夜の闇そのもの。二つの小さな漆黒の玉がじっと僕を見つめている。
 その様子に、僕は思わず足を止めた。

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あきゅろす。
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