旅人シリーズ
B
いつものように僕が気ままな旅に出ることを決めたのは、これまたいつものようにある朝目覚めたのと同時だった。
目を覚まして窓を開けて、晴れた空と澄んだ空気が心地好かったから。そんな理由で旅立つことを決めた。
まったくいつもと同じパターンだ。
さっそく親友の家に電話してそのことを告げると、こちらもすっかり慣れたもので、
「了解。植木に水、新聞と郵便物のチェック、リデルはうちで預かる。それでいいんだよな。ほかには?」
すでに呆れる気すら失せたらしく、まるで挨拶でもするようにすらすらとそんなことを言ってくる。
「……」
つい黙り込んでいると、
「おい、高志(たかし)、ほかにはないのか?」
「あ――、ああ、うん。もしかしたら出版社から電話がかかってくるかもしれない、この間送った原稿のことで」
「へえ、珍しく仕事をしてるんだ」
からかうような口調に、僕は思わず苦笑いする。
僕の職業は売れない作家。生活費の殆どを亡父の遺産でまかなっている僕のことを、親友なりに心配してくれているのを知っているからだ。
「この間ちょっとしたエッセイを書いたものでね」
「ふうん」
「そういうわけで、留守電もチェックしておいてくれると有り難い」
そう言うと、
「と言うかさ、お前、いい加減に携帯電話くらい買えよ」
親友が今度こそ呆れた声で言う。
「だって、必要ないし」
「そっちになくてもこっちにはある。旅先のお前とどうやって連絡を取ればいいんだ?不便で仕方ない」
そんな親友の苦情もどこ吹く風だ。まったく悪びれることなく、僕は諭すように奴に言う。
「なあ、ハル。僕がどうして旅に出るのか、前に話したことなかったっけ?」
「ああ、聞いたよ。『たまにどうしようもなく一人になりたくなる。日常を離れて、誰も僕のことを知らない場所に行きたくなる』、だったよな?」
「なんだ、ちゃんと覚えているじゃないか」
それで話は済んだとばかりに、その話題をさっさと打ち切ることにする。
受話器の向こうから親友が大きなため息を吐き出す音が聞こえたが、僕はまったく気にも留めなかった。
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