旅人シリーズ
A
小鳥はたしかに意識がないはずなのに、それでも干物の足を離そうとしない。干物が喚こうが前足で鳥のくちばしを叩こうが、頑としてくちばしを開こうとしなかった。
この干物を餌にするつもりなんだろうか。それとも何か別の目的があるのだろうか。
「こんなもの、食べても美味しくなさそうだけどなあ?」
そんなことを言いながら、不思議そうに首を傾げた。
少し思案した後、僕は気を失ったままの鳥に話しかけた。
「この干物みたいなものは君にとって大事なものなんだね。失くさないようにちゃんとしておいてあげるから、少しだけくちばしを緩めてもらえないかな」
するとそんな僕の声が聞こえたのだろうか。小鳥のくちばしが僅かに動いた。
急いで干物をひっぱりだすと、手近にあった小瓶に放り込む。そして、上着のポケットからハンカチを取り出し、小瓶の口にかぶせるとしっかりと輪ゴムで留めた。
「これでよし、と」
干物は怒ったようにキーキーと喚きながら小瓶の中で暴れている。
「仕方ないだろ。僕が勝手に逃がしてやるわけにはいかないんだから」
そう言ってから、干物の入った小瓶を机の隅っこに置いた。ハンカチはガーゼで出来ているので、とりあえず窒息の心配はないだろう。
それよりも心配なのは鳥のほうだ。
あんなに体中傷だらけで、果たして大丈夫なのだろうか。
「朝になったら病院にでも連れていくか」
夜が明けたらフロントに電話して、近くに動物病院があるかどうか聞いてみよう。
まさか旅先で迷い鳥を拾うことになるとは思わなかった。こんなことになると分かっていたら、獣医である親友を一緒に連れてきたのに。
そんなことを考えながら、僕はベッドをその鳥に譲り、今晩はソファで眠ることにしたのだった。
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