旅人シリーズ E しかし彼女は真剣な瞳で、じっと僕のことを見つめている。 「本当よ。その実を一口食べて眠りにつけば、思い通りに夢を操れるの。失くしてしまったものや今はもういない人にも、自由に会うことが出来るのよ」 「――」 彼女の言葉に、僕は思わず息を呑んだ。 何故だろう。何だか分からないけれど、いま彼女が言った言葉が妙にひっかかる。けれどそれがいったい何なのか、僕には分からない。 戸惑っている僕に、彼女は更に言う。 「この実がもたらしてくれるのは、本当にリアルな夢。現実とちっとも変わらないの。そこでは何もかもが自分の思い通りになって、時間さえも関係なくなってしまう」 「そりゃ、夢ですからね」 そう言う僕に、彼女は笑いながら首を振る。 「言ったでしょう?一口食べて眠れば夢を操れる。そして、二口食べればその夢を長く出来る。三口食べれば、さらに長く甘美な夢を……」 僕の中で激しく警鐘が鳴った。 どうやら一刻も早くここを立ち去ったほうが良さそうだ。 「そうしてね、この実をずっと食べ続けると……」 彼女が笑う。うっとりと、夢見るように。 「夢は終わらなくなるの。永遠に幸せな夢の中にいられるのよ」 「終わらない夢ですって?」 「そう。失くしてしまった過去をもう一度この手に取り戻せるの。何もかも、自分の思う通りにやりなおせるのよ」 彼女の言葉に、僕は思わず唇を噛んだ。 「そんなこと……無意味だ」 「無意味かどうか、あなた自分で試してみたら?あなただって、取り戻したいものがあるでしょう?」 執拗なくらいの彼女の態度に、僕の声はついつい尖ったものになってしまう。 「そんなもの、僕にはない」 「嘘よ。誰にだって――あなたにだってあるはずよ」 「……」 「さあ。遠慮しないで」 僕は堪らず、手に持っていた果実を彼女に向かって投げつけた。 果実は彼女の左胸の部分に当たり、信じられないほどの脆さでグシャリと潰れた。そして、中から真っ赤な果汁が溢れ出す。 それと同時にむせ返るような甘ったるい匂いが鼻をつく。 [前へ][次へ] [戻る] |