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旅人シリーズ
D
 「ご旅行ですか?」
 女性は親しげな笑みを浮かべて、ゆっくりと僕に近づいて来る。
 「ええ。一週間ほど前から、下の民宿に滞在しているのです」
 そう答えながら、僕はその女性を観察する。
 近くで見ると、女性は驚くほど華奢だった。
 背丈は普通なのだが、とにかく体の線が異様に細いのだ。フレンチスリーブから覗いている二の腕など、ほとんど肉が付いていない。
 「どこかお加減でも悪いのですか?」
 「いいえ。どうして?」
 思わず心配そうに僕が尋ねると、逆にそう聞き返されてしまった。
 どうして、って。だってどう見ても病気にしか見えない。
 そんな失礼な言葉を吐きそうになるのを、僕は咄嗟に抑える。
 かわりに女性が持っている果実について訊いた。
 「ずいぶん変わった果物ですね。何ですか、それ?」
 「これ?」
 女性は小首を傾げながら、その果実を一つ僕に手渡してくれる。
 そのとき一瞬だけ触れた彼女の手は、まるで氷のように冷たかった。

 「これは何の実だろう?」
 僕は手渡された果実をしげしげと眺めた。
 桃のようでもあり、けれど形はアボカドに似ている。ヘタとおぼしき部分に、まるで何かの触手の様な白い精細な長い毛が生えていて、もとの部分には同じく白い花びらのようなものが四枚ほどついている。
 花なのか実なのかよく分からない。
 さんざん弄くりまわしながら実を観察している僕に、女性はにっこりとほほ笑んだ。
 「それは『夢の実』よ」
 「夢の実?」
 「そう。この山の奥でとれる珍しい果物」
 「へえ。そんな話、ちっとも知りませんでした」
 僕が言うと、彼女はくすりと笑った。
 「そうね。だって『夢の実』は、この実を必要とする人にしか用のないものだもの。それを一口食べれば、自分の望むとおりの夢が見られるのよ」
 「望むとおりの夢?」
 そんな馬鹿な。催眠術でもあるまいし。
 僕はそう笑った。

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