旅人シリーズ
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旅人シリーズU
幻想博物館
「え?何ですって?」
僕は思わず我が耳を疑った。
今、この男は何と言った?
『水の精霊(ウンディーネ)』。
確かにそう聞こえたが――?
「信じられないですか?」
目の前の若い男は、探るように僕の顔を覗き込む。それから、ほんのちょっとの間を置いて、
「そうでしょうね」
どこか自嘲するような口調でそう言う。
「本当のことを言えば、僕だっていまだに信じられないんです。こんなお伽噺みたいな話」
そう言いながら、手に持ったグラスをくるりと回す。水割り用の氷が、カラリと澄んだ音を立てた。
僕は男の手元を見て、それからもう一度彼の顔を見た。
ずいぶん若い…と言っても、たぶん僕とそう歳は違わないだろう。
そう言えば、大学院に通う合間に旅をしていると言っていたことを思い出す。研究を兼ねてあちこちを旅していると、確かにそう言っていた気がする。
何の研究をしているのか、そう尋ねようとしたとき、いきなり件(くだん)の話を聞かされたのだ。
ふらりと入ったバーのカウンター席。偶然隣り合わせた若い男。
ともに旅の空の下にいる者同士、そして年齢の近い者同士。さらに具合の良いことに、二人とも程よい酔い心地。
僕たちが打ち解けあうのに、そんなに時間はかからなかった。
軽く自己紹介をして、四方山話を始めたとき、いきなり彼が僕に訊いたのだ。
「あなた、ここの博物館にある銀水晶を知っていますか?」
「銀水晶?へえ、そんなものがあるんですか」
それはぜひ見てみたいな。
気軽くそう言った僕に、彼は妙に真剣な面持ちでこんなことを言ったのだ。
「その銀水晶にはね、ウンディーネが閉じ込められているそうなんです」
「は?ウンディーネ?」
「そう。水の精霊です」
あまりにも突拍子のない言葉に、僕は一気に酔いが醒めたような気がした。
いや、それとも逆に悪酔いでもしてしまいそうか……?
僕は言葉もなく彼の顔を見つめた。
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