旅人シリーズ
C
しんと静まり返った博物館の庭を歩きながら、僕は昨晩彼から聞いた話を克明に思い出していた。
そもそも彼が神話や伝承などというものに興味を持つようになったのは、今は亡き彼の祖父が持っていた、このユニコーンの角に起因するのだという。
彼の祖父は考古学を専攻し、その世界でちょっとは名の知れた研究者だった。太古の文明、そのロマンを求めて、死ぬ間際まで世界中を旅していたそうだ。
そんな彼の祖父が、いったいどういう経緯でユニコーンの角など手に入れたのかは、彼をはじめ家族の誰も知らないらしい。
ユニコーンの角は、彼が幼い頃から祖父の書斎の飾り棚にあって、彼は祖父からよくこんな話を聞かされたという。
「十二年に一度だけ、満月の夜にこのユニコーンの角の持ち主が姿を現す。禁じられた恋ゆえに銀水晶の中に閉じ込められた愛しい水の精霊に会うために。私は彼らを会わせるために、十二年に一度、必ず『幻想博物館』を訪ねなければならないのだよ」
しかし彼の祖父は二年ほど前に亡くなり、ユニコーンの角は彼に引き継がれた。そして、彼は祖父の遺言に従って、ユニコーンの角をここまで運んで来たと言うのだ。
「十二年に一度の満月の夜。それがちょうど今晩なんですよ」
前を歩く彼が興奮したようにそう言う。
僕はそんな彼の言葉に空を振り仰いだ。
大きな満月が、白銀の月光を惜しみなく地上に注いでいた。
そうして、いよいよ博物館の建物が目前に迫ってきた時だった。
「お待ちしていました」
突然そう声をかけられて、僕も彼も文字通り飛び上がった。
目を凝らしてみると、博物館の扉の前に一人の老人が立っている。
老人はおだやかな表情で僕たちに近づくと、僕と彼の顔を代わるがわる見つめた。それからどちらに問うともなくこう言った。
「ルードヴィッヒさんのお孫さんですな」
老人の言葉に、
「祖父を知っているのですか?」
彼は驚いて老人に尋ねた。
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