[携帯モード] [URL送信]

旅人シリーズ
A
 
 いつものように突然の衝動に駆られて僕が旅に出たのは、つい一昨日のことだった。
 これもまたいつものことなのだが、朝起きて顔を洗って窓を開けた途端、あまりにも天気がいいのでつい旅立つ気分になった。
 親友に電話をして留守中のことを頼む。
 奴は呆れながらも、こちらもいつものことなので慣れたものだ。僕がいちいち指図する前に、
 「鍵はいつものところな。植木鉢は、表面が乾いたら水をやる、と」
 「あ、ああ」
 「リデルはうちで預かっておくよ。ほかには?」
 「いや、別に……ないな」
 前もって愛猫のことまで持ち出されて、僕はそれ以上何も言えなくなってしまう。本当に奴ときたら、昔から僕以上に僕のことを分かっている。

 そんなわけで、僕はまたしても車上の人となった。
 いつもと同じように行き先も目的も決めず、とりあえず駅へ行き、とりあえず汽車に乗り、文庫本を道連れに気ままな旅を決め込んでいた。
 途中で汽車を二、三度乗り換え、ある駅で不思議な看板が目に止まった。
 『幻想博物館』
 ずいぶん変わった名前だ。
 そう思ったときには、僕はもう汽車を降りていた。

 宿にチェックインした頃にはすっかり日も暮れていたので、例の博物館には明日向かうことにした。
 気の良い宿の主人に、軽い食事も出来るバーが近くにあることを聞き、どうせならとそのバーに足を運んだ。そこで彼と出会ったのだ。


 「そう。水の精霊です」
 僕は言葉もなく、そう頷く彼の顔を見つめた。
 よく見ると、彼の目のふちがうっすらと赤い。どうやら彼は酔っているらしい。水割り三杯で酔うとは、ずいぶんと酒に弱いんだな。
 僕は思わず苦笑した。
 それを何ととったのか、彼は少しだけ気分を害したように言う。
 「ああ、やはり信じていないんですね」
 「いや、そういうわけじゃないが……」
 「嘘おっしゃい。水晶の中に水の精霊が閉じ込められているなんて、普通の神経の人間なら信じたりしませんよ」
 言ってることがめちゃくちゃだな。
 僕は内心で深くため息をついた。

[前へ][次へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!