旅人シリーズ
D
翌日は見事な快晴。
それでも一晩中続いた雨は、そこかしこに大きな水溜りを作り、雨上がりの独特の匂いと林檎の香りとが混じって僕の鼻腔をくすぐった。
どこか郷愁を誘うようなその香りに包まれながら、僕は前夜の思いつきの通り、あの青い羽を売っていた露店を訪ねてみた。
しかしもうそこには、青い羽もエキゾチックな売り子の姿もなかった。
幾分がっかりしながら踵を返そうとした僕の背後で、ふと聞き覚えのある声がした。
「何よ、あのお店なくなってるじゃない」
驚いて僕が振り返ると、そこには昨日の若いカップルが立っていた。
「ほら、だから言っただろう。所詮『幸福の羽』なんてインチキに決まってるって」
宥めるように言った恋人の言葉は、しかし彼女の憤慨を煽っただけのようだった。
「それにしたって酷いわ。雨に濡れた途端に色が落ちてしまうなんて」
僕は思わず女性の胸元に視線を向けた。
女性の上着に刺さっているのは、何の変哲もない白い羽。
なるほど、昨日の雨に流されて青い塗料が落ちてしまったというわけか。これでは女性が怒るのも無理はないなと思いながら、それでも僕は何とか苦笑を押し殺した。
女性は上着から白い羽を抜き取ると、腹立ち紛れにそれを投げ捨てた。
羽はふわりふわりと宙を漂い、やがてカップルの姿が完全に見えなくなる頃になってやっと地面へ着地した。
僕はあの羽と消えた売り子のことが妙に気になって、向かいにあるカフェに入ってしばらく時間を過ごすことにした。
我ながらずいぶんな暇人だと思う。けれど何となくそこから立ち去りがたくて、僕はコーヒーを飲みながら、昨日露店があった場所をぼんやりと見つめていた。
数時間ほどの間に、あのカップルのほかにも数人がそこへやって来て、やはり色が落ちて白くなったらしい羽をその場所に捨てて行った。
「あなたに幸福が訪れますように」
みんな売り子にそう言われて、満足そうに自分の持ち物に羽を飾っていた人たちだ。
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