オリーブの木の下で
A
はっきり言って莉子は過保護だと思う。
私のことを大事にしてくれるのは嬉しいが、とにかくやたらと心配性で困る。
お医者さんで健康診断と予防接種を済ますまで外出禁止だったし、私が食器棚や冷蔵庫の上から飛び降りようとすると悲鳴を上げながら駆け寄ってくる。
「危ないよ、ココ。怪我したらどうするの」
そう言って手を伸ばすと、さっさと私を自分の肩に乗せてしまう。
そんな心配しなくても大丈夫なのに。私は猫なんだから、高いところなんて平気なのよ。
私はそう抗議するのだが、莉子に猫の言葉が通じるわけはなく、いくら私がニャーニャー訴えても、「ああ、そう。ちゃんと分かるのね、ココはお利口さんね」ときたもんだ。
もっとも、私には、ベッドの上から飛び降りるときに勢いをつけすぎてしまい、顔面着地をして牙を一本折ってしまったという前科があるから、そんなに強く出られないというのもある。
私が大人しくしているのをいいことに、莉子は私をまるで赤ちゃん猫のように扱う。
「お庭に出るときは、ココ一人だと危ないからね。ここらへんはカラスが多いから、ココみたいな小さい子はすぐに連れて行かれちゃうよ」
「ニャー」
「うんうん。カラスは怖いねえ」
違う。私はカラスなんか怖くない。
確かにカラスが仔猫をさらって食べちゃうというのは聞いたことがあるけれど、私はそんなにチビでもないしドジでもない。カラスが襲ってきたら、自慢の牙で返り討ちにしてやるわ。……って、牙一本なくしちゃったんだった。
そのことに思い当たり、私の心は一気に暗くなる。
そう言えば、あの時も莉子は大騒ぎしていたなあ。
そんなことをふと思い返す。
「先生!大丈夫ですよね?また生えてきますよね?」
「いや、それはどうかなぁ?永久歯を折ってしまいましたからね。新しい牙は生えてこないと思います」
泣きそうな顔で訴える莉子に、動物病院の先生はのんびりと答える。
「そんな――」
「まあ、自分で獲物を獲るわけではありませんし、キャットフードを食べるときは奥歯を使いますから、牙が一本なくなっても生活に支障はありませんよ」
「だって、女の子なのに……」
「そうですね。普通はあまりないケースですね。オス同士の喧嘩などで稀に見ることはありますが」
そう言って笑う先生の言葉に、莉子はかなりショックを受けたらしかった。
結局「入れ牙をしてください」という莉子の申し出は、先生にあっさりと断られ、私は牙の一本欠けた猫になってしまったのである。
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