オリーブの木の下で
I
その優しい笑顔を見て、私も、莉子も、そして空も、何故だかとても安心した。何の根拠もないけど、何となく大丈夫だって気がした。
きっとキマちゃんは元気になる。元気になって、また歌えるようになる。
それに、きっとキマちゃんは、このお姉さんのことを大好きになる。もちろんお姉さんも、キマちゃんのことを大切に思ってくれるに違いない。
その後、予防接種の準備が整ったからと水沢先生が呼びに来て、私と莉子は診察室へ入っていった。ついでのように空も一緒について来る。
仲良く並んで歩く私たちを見送りながら、お姉さんが思い出したようにこんなことを言った。
「そう言えば、何かで聞いたことがあるのだけど、鳥が人間の言葉を真似るのは、自分の声に自信がないからなんですって。鳴き声に自信のある鳥は、わざわざ人が喋るのを真似たりしないのだそうよ」
そう言って悪戯っ子のように笑ったお姉さんは、とても無邪気で可愛かった。
「ふっ、ぎゃあぁっっ!」
「ココちゃん、ちょっとだけだからね、我慢してね」
注射器を手にした水沢先生がわざとらしい笑顔で私に言う。
私はしっぽの毛をぶうぶうさせながら、必死に水沢先生を威嚇した。
「やめてよっ、鬼、悪魔、変態!!」
くわっと大きく口を開けて精一杯牽制する。
「お願い、ココ、おとなしくして。それに、先生は変態じゃないから大丈夫」
「ええっ?!」
当たり前だけど私の言葉が通じない水沢先生は、莉子の口から飛び出た単語に思い切りのけぞった。
「莉子さん、俺のこと、そんな風に思ってたんですか?」
「え?」
しかしそんな二人の間の抜けた会話など、今の私にはまったく関係ない。
「ウニャアーッ!痛いよぉ」
「何言ってるの、まだ針も刺さってないでしょ?」
「ねえ、莉子さん。俺、変態じゃないですよ」
「わわっ!先生、注射器を持ったまま近寄らないでください」
「やっぱり注射はイヤァーー!!」
こうして、年に一度の予防接種は、今年もまた大騒ぎのうちに幕を閉じたのであった。
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